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開け放たれた窓からの緩やかな風と暖かい陽射しに、清潔な白のカーテンが揺れる医務室で、一人の少女がベッドの上で眠っている。 少女の名はルイズ。 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるその姿は、ピスクドール人形を思わせる程に可憐で、両手両足に巻かれた痛々しい包帯も、その可憐さを引き立てるアクセントにしかならない。 欠けたモノ程、美しい。 誰が言ったかその言葉は、心底、美しさと言う概念を理解したモノの言葉であろう。 万人が納得する美しさなど存在しない。 一人一人が己が内に秘めた美しさこそが、何よりも自身の心を揺さぶる衝撃となる。 その衝撃を与える為にはどうすれば良いのか? 簡単な事である。非常に簡単で尚且つ、誰にでも行う事が出来るその方法とは、完成させないことだ。 一つの終着点に辿り着いてしまえば、それ以上の上を想像しない人間と言う生き物を満足させるには、完成させずに、己が頭の内で先を想像させるのが、一番、誰もが納得できる美しさを作り出す事が出来るであろう。 そして、その例で言うならば、このベッドで寝ている可憐さと包帯による痛々しさを併せ持つ、この少女は、現在、意識が無いと言う未完成さを持ち、故に、誰もが息を呑む程の美しさを手に入れているのだ。 それは、泡沫の夢に似た幻影の美。 目覚めてしまえば、意識を取り戻してしまえば崩れてしまう、時間制限付きの絵画。 その、およそ美術品としては向かないが、瞬間の美としては合格点をブッチギリで越えたこの少女に、目を奪われてしまった少年が居た。 平賀才人。 異世界に来てから一週間と少しで、ルイズの付きの使用人にされてしまった、薄幸少年である。 ごくり、と生唾を嚥下しながら、使用人としての仕事である、少女の包帯を取り替える。 すでに、少女が意識を失ってから丸一日が経っている。 治療の際に使われた包帯は、外からは見えないが、内は傷口から滲み出た血でどす黒く変色している。 それを、ゆっくりと解いて、まずは傷口に貼られているどす黒いの布切れを剥がす。 乾いた血のペリペリとした剥脱音が耳に痛い中、少女の顔が痛みの所為か曇ってしまう。 その事を残念に思いながら、才人は新しい布をまだ血が滲んでいる傷口に宛がう。 治療してくれた長い髭の爺さんが言うには、完全に治療するには学園にある秘薬だけでは足らず、 自分の時のように完全に怪我が完治している訳では無いらしい。 そんな訳で、完全に皮膚が再構築されていない箇所も、少女の足や腕にちらほらある。 流石に胴体の怪我は、優先的に治療された所為か、少女の胴体には傷一つ無い……らしい。 少なくとも、この娘の友達であると言う、赤髪の少女はそう言っていた。 つらつらとそんな事を考えている内に、包帯の取替え作業が終わる。 はふぅ、と一息吐く才人は、備え付けの椅子に座って、ベッドの上に横たわる少女を、じっと眺める。 どうにも……おかしい。 確かに自分は、元の世界で出会い系に手を出す程に、その……そっち系に飢えていたが、こんなロリ系の少女に、しかも、二回しか見た事の無い(その内、会話をしたのは一回のみ)と言うのに、何故? 微妙に高鳴る鼓動に、疑問を憶えつつ、才人は開けていた窓を閉めようとして――――――その手を止めた。 いや、止めざるをえなかった。 才人が閉めようとしていた窓の縁に、奇妙な姿をした者が何時の間にか座っているだから。 姿形を抜きにして、才人はその突然現れた存在に好意的な感情を抱けなかった。 同じ主を持つ中だと言うのに。 「どうしたんすか、ホワイトスネイクさん。そんな所に座って」 現れたのは、ルイズの使い魔にして彼女のスタンド、ホワイトスネイク。 本体が再起不能に近い怪我を負いながら、消すのを忘れた為に、現実空間にそのまま居座り続ける破目に陥っているのだ。 まぁ……ルイズが本体となってからは、あまり消えてはいないのだが。 ともあれ、それはこの数日間の話であり、元本体の時は、消えている時間が長かった彼にとって、この状況は困惑ものである。 まだ、指示をする本体が居れば良いのだが、本体も居なく、自分の自由意志を元に動ける状況で、ホワイトスネイクは心底困っていた。 何せ、今まで命令され続けて培われた自由意志だ。いきなり、ほっぽりだされては、“何をすれば良いのか分からない” 結局、やる事を考えつかなかったホワイトスネイクは、眠っている主の近くで、いつでも不慮の事態に動けるように待機していた。 基本的にルイズが眠っている医務室付近に居るのだが、この時は、何故か閉めようとしていた窓の縁に、唐突に現れたのだ。 ビビる才人、平然とするホワイトスネイク。 ホワイトスネイクは才人の質問に答えず、ただ窓の外を眺めている。 やっぱりこいつ苦手だと、才人は思いながら窓を閉めるのを諦め、椅子に座り、シエスタから貸して貰った本を片手にペンを走らせる。 シエスタ曰く、貴族の使用人になるのであれば、文字ぐらい読めないと話にならないらしい。 そんな訳で、この世界の文字を勉強している才人だが、何故だか、もの凄く勉強が捗っている。 自分の世界での言葉すら、まともに覚えられなかった自分がだ。 その事に対して違和感を覚える才人であったが、まぁいいやの一言でその問題を忘れ、せっせかと文字の習得をしていく。 ホワイトネスイクは窓の外を見ながら、そんな才人をチラリと流し見ていた。 才人が勉強を始めて、一時間と少し、医務室へと向かう足音に、ホワイトスネイクは気がついた。 こつこつと石造りの床と皮製の靴が鳴らす音の持ち主は、医務室の扉を三回ノックしてから、返事を待たずに扉を開けた。 才人は、ノックしても返事を待たないなら、別にする意味無いんじゃないのかなぁとか思いながら、挨拶をする。 「おはよう、キュルケ」 「おはよう、ルイズの使用人さん。ルイズは…………まだ目が覚めてないみたいね」 才人の挨拶に丁寧に返答した赤髪の少女は、丸一日経ったと言うのに目覚めぬルイズへの心配で、何時もより元気が無く見えた。 「それにしても、君は心配性だねぇ」 「何が?」 備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う才人とキュルケは、手持ち無沙汰も手伝って、軽い雑談を交わしていた。 内容は、昨日も怪我の治療の時から付きっ切りで、先生が止めていなかったら、医務室に泊まる勢いだったキュルケについてである。 上で記したように、すでにルイズには命の危機は無い。だと言うのに、キュルケはまるで余命幾許の無い者に接するように、出来る限りの時間をルイズと一緒に居ようとしていた。 才人にとって、幾ら心配だとしても、それは聊かやり過ぎのように思えたのだ。 そんな疑問に対して、キュルケは物憂いな表情で、ルイズを見ながら口を開く。 「別に……ルイズの体が心配って言う訳じゃないわ」 「じゃあ、なんで?」 「自覚は無かったけど……私、この娘に相当酷い事を言ってきたみたいでね……」 ルイズ見つめるキュルケの目は、焦点が合っていなく、少なくとも、今のルイズを見ているのでは無い事が分かる。 「私自身、この娘とは友達だったと思っていたわ。 だけど、知らず知らずの内に、この娘を傷つけていた私に、友達で居る資格なんてあるのかしら? 少なくとも……私は、無いと思うわ」 独白のようなキュルケの言葉に、才人は口を挟まなかった。 否、挟めるような口も言葉も、今の才人は持ち合わせていない。 「だけどね……私は、この娘と友達で居たい。 この娘と笑って、この娘と遊んで、ハシャいで、楽しみたい……」 キュルケの目が、過去を見ているように、この言葉も才人に宛てた言葉では無いのだろう。 「私は、そうしたいと思ってる。思ってるから……ルイズが目覚めたら、いの一番に言ってやるの。 今まで、ごめんなさい。貴方が許してくれるなら、私はこれからも貴方と友達で居たいと思ってるってね」 全てを語り終えたか、椅子から立ち上がったキュルケは、ベッドに近づき、そっと、ルイズの頬を撫でる。 暖かく、滑らかで瑞々しい肌。 傷一つ負っていない無垢なるモノ。 本当であるならば、彼女の心も、こうなるべきだったと言うのに。 自分だけでは無い。 しかし、彼女の心の、傷の内の一つ……いいや、幾つかは自分がしてしまった行為によるものだ。 「…………ルイズ…………」 慈しみの響きを持たせ、ルイズの名を呼ぶキュルケの姿は、なんというか、子を守る母のような雰囲気をしており、見ているだけで周囲のモノに慈愛の心を植えつける。 「……んっ……」 果たして、それは奇蹟なのか、それとも、単なる条件反射だったのか。 キュルケがルイズの名を呼んで、彼女の頬を撫でていると、ルイズの傷だらけの手が、キュルケの手を掴む。 「………………」 瞼を開き、焦点のぼやけた目でキュルケを見るルイズは、無言で握った手の力を段々と強くしていく。 まるで、これだけは放したくは無いと言わんが如く。 「ルイズっ! 貴方、意識が!?」 「………………・・・」 キュルケの問い掛けにルイズは答えず、ただ、ぼんやりと中空へと視線を巡らす。 「…………キュルケ……何で……」 ぽつりと、小さな声で漏れた言葉と同時に、ルイズの目が一気に開かれる。 「いっ!!!」 そして、凄まじい勢いで身体を起き上がらせようとして、腕と足の痛みに、瞬間的に動きが止まる。 痛みに耐えるように両腕を抱くようにして、腕同士が触れて、また痛みを訴える連鎖に、ルイズは我慢できなくなり、自分の使い魔へと声を掛ける。 「ホワイトスネイク!」 その声に反応するように、ホワイトスネイクは何時の間にかルイズのすぐ傍にまで歩み寄り、彼女の頭から気絶している時に戻しておいた『痛覚』のDISCをまた抜き取る。 痛みから解放されたルイズは、ようやく、思考を今の状況へと割り当て始めた。 目の前には、自分が才能を返却した少女と雇ったはずの使用人。 どんな状況なんだと疑問が彼女の頭に湧いたが、すぐに、自分の腕と足に巻かれた包帯と、今居る部屋が医務室なのを理解して、現状を把握した。 どうやら、自分は医務室で眠っていたらしい。 何故と言う言葉は要らない。そんな言葉など無くても、頭には、自分が重症を負った光景が浮かんでいた。 (私は……『一手』遅かった……キュルケが庇ってくれていなかったら、今頃……) あの時、風竜の事を完全に忘れていた自分と、そこまで必死になるように追い込んだ少女の事を思い出し、ルイズは一人、唇を噛み締める。 「……ルイズ?」 そんな不審な行動に訝しげな顔で、キュルケが言葉を掛けると、ルイズは、とりあえず、あの女の事を忘れて、赤髪の少女へと向き直った。 「あのね……キュルケ、私―――」 「ストップ! その前に、私、貴方に言わなきゃならない事があるのよ」 キュルケはルイズの言葉を遮り、自分の今の気持ちをそのままに口にしようとした。 ちなみに、才人は普段読めないはずの空気を、敏感に察知して、すでに部屋の外に出ていたりする。 二人だけの部屋。 そこでキュルケは、あの時は一言で済ませてしまった言葉を、もう一度、今度は、要約せずに丸ごと、言おうとして、口元に一本指を立てられた。 「もう良いのよ……もう…………」 ルイズは、静かにそう呟き、そっと立ち上がり、キュルケを抱きしめる。 「私を庇ってくれた事で、貴方の気持ちは、もう十分伝わったわ。 だから、もう止めましょう。ねっ?」 「…………ごめん……なさい……ごめんなさい、ルイズ―――っ!!」 感極まり涙を流すキュルケの身体抱きながら、背伸びをして(キュルケの方が身長が高い為)彼女の髪を撫でる。 まるで、先程自分の頬を撫でてくれたように、優しく、慈しみを持った手で髪を梳いていき ――――――ぞぶり、と自らの指を彼女の頭へと突き刺した。 ジュルジュルと生理的嫌悪を感じる音を部屋に響かせながら頭部に進入したルイズの手は、 キュルケの今の思考をDISC化したものを彼女の頭から、ルイズが確認できるように、引っ張る。 DISCした記憶の表面には、泣いて謝るキュルケと謝る対象である自分の姿が見て取れた。 (キュルケは……嘘をついていない……本当に、私に済まないと思っている……) 人の言葉など、どれほど信用なら無いか、僅かな時しか生きていないルイズですら知っている。 あまりに不確かで、不鮮明な言葉で、全てを信用するのは愚かでしかない。 では、確固たる鮮明さを持ち、不変的な『真実』とはなんなのか。 ホワイトスネイクを従えるルイズは、それを『記憶』だと思っている。 『記憶』は何時までも変わらない。 薄れ、忘却こそされるが、内容が変わる訳では無い。 故に、そこには偽りは存在しなく、真実だけが在る。 ルイズは、キュルケの頭から少しだけ出ているDISCを戻し、もっと強く、彼女の身体を抱きしめる。 この子は、もう私を侮辱なんかしない。 心の底から、私に謝るこの子は、私の味方だ。 ――――――友と競い、学びあい、談笑しろ―――――― 何処かで聞いた言葉が頭を過ぎる。 この言葉を始めて聞いた時、私は……どんな返答を返したのか…… ―――――――私に……そんな相手なんか―――――― 忘れてしまった『記憶』の底に貼りつく言葉に首を振る。 居た。 私にも居た。 一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に学んで、一緒に歩ける友人が。 「――――――私にも……居たのよ……」 それが、こんなにも嬉しいのが、可笑しかった。 それが、こんなにも暖かい気持ちになるのが、心地良かった。 それが、こんなにも大切な事だと言うのが、気付かされた。 ――――――離さない ――――――離したく無い ――――――離れたくない 「絶対……離さない……」 願うならば、この誇るべき友人と、ずっと共に歩いて行きたい。 それだけが、自分を本当に気遣ってくれる相手に気付けたルイズの、思いだった。 場面は変わり、部屋の外へと出た才人は、あまりにも空気を読めた自分の行動に疑問を感じていた。 「おかしいな……俺、あんなに敏感なやつだったっけ?」 唐変木と言うよりは空気が読めないはずの自分が、あんなベストなタイミングで部屋から出れたなど、自分の行動だと言うのに信じられない。 ん~、と首を傾げながら歩く才人に一人の女の子がぶつかった。 「きゃっ!」 「うわっち!?」 少女が尻餅をつく前に、伸びきった手を掴み、傾いたままで姿勢を維持させる。 「君、大丈夫?」 そのまま腕を引っ張り、きちんと重力に垂直に立たせて、才人は少女を見る。 金色が目に痛いぐらい輝く髪を、幾つにもロールしているその少女は、才人の中の、もしも中世のお嬢様が居たらこんな髪型でこんな感じだろうなぁと言うイメージにピッタリと重なっていた。 「……っ~! 平民の癖に貴族にぶつかるなんて!」 いや、マジでピッタリだよ。色々と 「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。 でも、君の方も前を見てなかったみたいだし、おあいこじゃないかな?」 ここの通路は、ひたすらに真っ直ぐだ。そんな場所で二人してぶつかるのは、どちらも前を見ていなかったに違いない。 そのような推測の元、才人の口から出た言葉に金髪の少女は、顔を真っ赤して怒鳴る。 「おあいこだなんて、そんな訳無いじゃない! 平民が貴族にぶつかったのよ!? どう考えても悪いのは平民の方じゃない!!」 シエスタから、貴族は――――――特に、このトリステインの貴族は、傲慢と自尊心の塊であるから、決して機嫌を損ねていけないと言う言葉を、才人は今更ながら思い出す。 まずったなぁ、とか呟きながら、どうにかして目の前の、貴族様の怒りを静めなければならない。 「はぁ、どうも申し訳ありませんでした。これ以降は気をつけますので、どうか許してください」 とりあえず適当に謝れば良いんじゃね? な思考から、謝罪の言葉を口にすると、向こうも分かれば良いのよ、とか言って、そのままスタスタと歩いていってしまった。 なんだあれ? とか才人は思ったが、まぁ仕方ないかと諦めた。 少し考えれば、まだ授業を行っている時間帯だと言うのに、歩いている少女が、何処に向かっているのか。 其処から出てきたなら気付きそうなものだが、結局、才人は気がつかないで、そのまま適当にぶらつくかと、ふらふらと何処かへ行ってしまったのだった。 報いと言うものは必ず受けなければならない行為である。 しかし、報いに報いた行動にさえ、それを要求されるのであれば、それはまるでメビウスの輪のように堂々巡りとなるのでは無いか。 少なくとも、ホワイトスネイクは言い争う本体と金髪の少女を見て、そう考えていた。 医務室に訊ねてきたモンモラシーは、最初にルイズが意識を取り戻した事を知ると、さっさとギーシュに才能を返すように言ったが、ルイズはそれを承諾しなかった。 何故なら、ギーシュとは真っ当な勝負の結果で奪った才能であるし、自分の事をあそこまで虚仮にした奴に、どうしてこの力を返さなければならないのか。 彼女には不思議だった。 しかし、横に居たキュルケもギーシュに才能を返した方が良いとモンモラシーの援護しだし、旗色が悪くなると、ルイズは、自分を負かした少女が、ギーシュは壊れていたと言っていたのを思い出し、壊れている人間に才能を返却した所で使う事が出来ない。 なら、私が有効活用してあげるわ。と言った所、モンモラシーが、もの凄い形相で怒り出したのだ。 「ルイズ!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモラシーに、ルイズは、面倒ね、と顔を顰めた。 「私も……今の言葉はどうだったかなぁ、と思うわ」 キュルケにも言われると、流石に顰めた顔を、今度は思考の顔にしなければならない。 適材適所。 その言葉の通りならば、今の彼が、この才能を持っているよりは、自分が才能を持っていた方が良いに決まっている。 だが、キュルケとモンモラシーは持ち主に返すべきであると言う意見を決して曲げないであろう。 モンモラシーの事は別に良いが、キュルケに対して別の意見を持つのは拙い。 せっかく見つけた、信頼できる友人を、たかだか『土』のドットクラスの魔法で失うのは嫌だ。 「分かったわよ……返すわ、返せば良いんでしょう」 ここで下手に話を拗れさせては、どうしようもない。 そういう結論に至ったルイズは、才能を返却する事にした。 別に、ドットくらいなら構わない。 これがスクウェアとかトライアングルクラスならば、ルイズも少しぐらい粘っただろうが、たかが青銅しか『錬金』出来ない才能に、そこまで労力を割く必要も無いだろう。 元々、この才能を奪ったのは、ギーシュが自分の事を侮辱してきた報いであった。 彼女の“本来”の計画では、ギーシュの才能になど触れてすらいない。 「そうよ! それが貴方に出来る償いなんだからね!」 償いと言う言葉に、ピクリと眉が動いたが、ルイズはなんとかそれを押さえ込む。 彼女しては珍しく、無いに等しい自制心が働いたお陰であった。 「……まぁいいわ。返しに行くのなら、さっさと行きましょう。 面倒事は、早めは片付けた方が良いに決まってるわ」 今度はモンモラシーが耐える番であった。 ルイズの一言にグッと耐え、震える握り拳をそっと背後に隠す。 その様子に気付いたキュルケが、何か言おうとするが止めた。 どちらが悪いと問われれば、ギーシュとルイズの問題は少々込み入り過ぎている。 一概にどちらが悪く、どちらが正しいと言える事柄では無いからだ。 ともあれ、ルイズはまだまともに歩けず、ホワイトスネイクにおんぶをして貰ってギーシュの自室へと移動を始める。 基本的に、スタンドの負傷が本体に伝わるように、本体の負傷もスタンドに伝わっているのだが、ホワイトスネイクは、ルイズを運ぶ痛みに顔色一つ変えずに、彼女をギーシュの部屋へと運びきるのであった。 「ここよ」 男子寮の一角。比較的入り口に近い場所に、ギーシュの部屋はあった。 モンモラシーは、ギーシュの部屋の前で一度深呼吸をして、こんこん、と扉をノックする。 返事は――――――なかった。 「入りましょう」 辛そうな顔で言うモンモラシーは、アンロックの呪文を掛け、鍵の掛けられた扉を開いた。 中は、昼間だと言うのに何処か薄暗く、少し土の匂いがした。 「ギーシュ、戻ってきたわ。返事をして」 「あぅあ……」 悲痛な声で、モンモラシーは、ベッドの上に座っている自身と同じ髪色の少年へと呼びかける。 しかし、少年の口から漏れるのは、自我が放棄された発音。 ルイズとキュルケは、眉を顰めた。 ここまで酷いとは、想像していなかった。 目の焦点が合わず、口からは意味不明の単音が漏れるしかない少年は、まるで痴呆患者そのものだ。 「………………」 ルイズは無言で、モンモラシーに髪型を整えられているギーシュへと歩み寄る。 すでにホワイトスネイクの背中からは降りている。 そうして、自分の頭に手を入れ、中からDISCを取り出し、それをギーシュの頭へと挿入する。 「これで良いでしょ?」 自分のやるべき事は終わったと言わんばかりのルイズは、備え付けの椅子をホワイトスネイクに持ってこさせ、どかりと座り込む。 モンモラシーとキュルケは、あっさりと終わった才能の返却に、しばし呆然としていたが、 「あぅ?」 才能が戻った感触に不思議そうな声を出したギーシュによって、現実へと戻ってきた。 「これで……ギーシュは、また魔法が使えるようになったの?」 確認するように紡ぐモンモラシーの言葉にルイズは、そうよ、と返答する。 「………………」 一抹の望みがモンモラシーにはあった。 この壊れてしまったギーシュも、才能を戻しさえすれば、なんとか元通りになってくれるのでは無いかと言う望みが。 「ギーシュ、ねぇ、戻ってきたのよ。貴方の才能が。 ほら、これでまた貴方のワルキューレが作れるわよ。 それに、固定化とか錬金も、また出来るのよ」 才能は戻った――――――だが、彼は戻らなかった。 ただ、それだけだと言うのに、モンモラシーの目からは涙が溢れ出ていた。 先生方が言っていた。 これだけ見事に壊れていると、どんな秘薬があろうとメイジには、もう治せないと。 だからこそ、この才能が返ってくる時に、ギーシュの精神が治ってくれると、どれだけ願っていた事か。 「私ね……首飾りが欲しいのよ。 貴方の錬金してくれたものがね。 青銅しか錬金できなくても、別に構わない。 貴方が作ってくれたのなら、それで良いの。 だから、お願い、お願いだから、私に首飾りを作ってよ!!」 悲しい結末となった恋人達の末路に、キュルケの胸は苦しくなっていた。 これが双方共に、自分に面識の無い人間であるならば、そういうこともあると納得できるだろうが、残念ながら、二人共、自分と同じ学生で、特にモンモラシーとは、割りと話す仲でもある。 「ねぇ……ルイズ」 同情と言えば、それで終わりであるが、キュルケはそれでも言葉の続きを口にした。 「ギーシュなんだけど……もうあのままなのかしらね?」 「あんた……あいつに元に戻って欲しいの?」 疑問文に疑問文で返したルイズの言葉に、キュルケは頷く。 それはそうだろう。 目の前に悲惨な事態に陥っている恋人達が居たら、自分に助けられる事が助けたくなるのは人情だ。 ルイズは、そんなキュルケに目を僅かに細め、分かったわ。と静かに立ち上がり――― 「ホワイトスネイク! ギーシュの壊れた原因を抜き取りなさい!!」 自らの使い魔へと命令を下した。 モンモラシーが撫でていたギーシュの頭に、ホワイトスネイクの右手が突き刺さる。 あまりの驚愕の光景に、モンモラシーは声を上げる事さえ忘れて、ただ口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。 キュルケも同様に驚きで目を丸くし、ただ一人、ルイズだけが、満足げにホワイトスネイクの行動に見入っている。 「『記憶』ト言ウモノハ、ソノ人間ノ生キタ証、マタハ歩ンデキタ道ダ。 ナラバ、壊レタ瞬間カラ、今ニ至ルマデノ壊レタ『記憶』ヲ抜キ取レバ、壊レル前の正常ナ人間ニ戻ル。 理屈ハ、忘却ト、ホボ同ジダ。ドレダケ辛イ事ガアロウト時ハ、辛サヲ忘レサセル。 マァ、完全ニ物事ヲ忘却デキル人間ナド居ナイノダカラ、僅カニ残滓ハ残ルガナ」 饒舌に語り始めた使い魔の言葉に、キュルケとモンモラシーは、どうやらルイズがギーシュの精神を治そうとしている考えに至った。 「お願い…………お願い……お願い!!」 藁にも縋るような思いで、ホワイトスネイクの行動を見守る事にしたモンモラシーの口から出るのは、懇願の言葉のみ。 キュルケも同様に、ただギーシュが治る事を願っていた。 「サァ、忘レルガイイ、壊レタ者ヨ。 オマエガ壊レテシマッタ……ソノ瞬間ヲナ!!」 二人の願いが通じたのか、ホワイトスネイクが右手を引き抜いた時、一枚のDISCが握られていた。 どす黒く変色している、そのDISCは誰が見ても危険物と分かる程の禍々しいオーラを纏っており、通常のDISCと違うのは、一目で見て取れる。 「う……うぅん……」 先程と違い、理知的な声を口から漏らしたギーシュは、ベッドへと倒れこんだ。 慌てて、ギーシュの頭を確認するモンモラシーだったが、外傷も無く、ただ単に気絶しているだけのようだ。 「これで元通り、こいつの『記憶』は壊れる前に戻ったわ」 そう言うと、ルイズは自分の身体が一気に重たくなるのを感じた。 (流石に起きたばかりで無茶はするもんじゃないわね……) なんとか、ホワイトスネイクの背中に乗ると、ルイズは、じゃあねと言い、モンモラシーとキュルケをギーシュの部屋へと残し、自分は退室した。 「シカシ……良カッタノカ」 「何がよ?」 自分の部屋へと帰る途中、ホワイトスネイクの主語を抜いた言葉に、ルイズは疑問符を頭の上に浮かべる。 「折角、奪ッタ才能ヲ、簡単ニ返却シテシマッタ事ダ。 君ハ、確カニ魔法ヲ使イタイと心カラ願イ、使エルヨウニナッタノダロウ」 「…………そうね」 「ナラバ、何故、返シタノダ? マタ、元ノ使エナイ人間ニ戻ルト言ウノニ」 ホワイトスネイクの疑問は最もだ。 折角、苦労して奪った才能を、あんなに簡単に持ち主へと返し、自分はまた『ゼロ』へと逆戻り。 とてもじゃないが、あそこまで魔法を使える事に執着した人間と同じには思えない。 「モシモ、君ガ、センチナ感情ニ動カサレテイルト言ウノデアレバ、ソレハマッタクノ無意味ダ」 「…………別に、あいつが可哀想だから才能を返した訳じゃないわよ」 「デハ、何故? 何故、君ハ自ラヲ犠牲ニシテマデ、アノヨウナ事ヲシタノダ?」 蛇のように粘着質なホワイトスネイクの質問にルイズは、暫く無言を徹す。 まるで、自分の内に秘めた思いをどう言葉にすれば良いのか、迷っているかの如く。 「私は自分が犠牲になったつもりは、さらさら無いわ あいつに才能を返す事が、私にとって、プラスになると思って返しただけよ」 考えが纏まったのか、それとも、ただ気分が向いたのか。 ルイズは、ホワイトスネイクに自らの思いを吐露していく。 「あそこで、あの場で返すのを渋ったら、それこそ私は、キュルケと道を違えてたでしょうね」 「アノ女ノ為ニ、君ハ拘ッテイタモノヲ諦メタノカ?」 「それだけの価値が、キュルケには……うぅん、友達にはあるのよ」 力強い、ルイズの肯定にホワイトスネイクは足を止めた。 (友……カ……) 元本体にも友と呼べる人――――――いや、化け物が居た。 そいつと居る間、本体の心は安らぎ有り得ない程の安定に包まれる。 ルイズも……現在の本体も、そんな安らぎの場所を求めたのだろうか。 「でもね、ホワイトスネイク。 私は別に魔法を奪うのを止めた訳じゃあ無いわよ」 「君ハ、アノ女ニハ嫌ワレタクナイノダロウ?」 「えぇ、だから、今後は“此処”で才能を奪うのを止めるし、侮辱された報復なら、貴方を嗾けるわ。 私が才能を奪うのは、悪い奴からだけ。 世間一般が悪と言う奴から才能を奪うなら、キュルケも文句は無いでしょう?」 奪うのは変わらない。 ただ、その理由が、報復から、罰に変わっただけ。 しかし、その変わった事がけっこう重要だったりする。 どれだけ強い武力があろうと、大義名分が無ければ、ただの暴力と片付けられるように。 自分の才能を奪う事も、悪人に対する罰と言う大義名分が付けば、少なくとも、報復の為に奪うよりは、周りに受け入れられるだろう。 「さっそく奪いに行きたい所だけど……足が無いわね」 謹慎期間の為に、この一週間は休みのルイズであるが、 生徒達が遠出をする為の馬が用意されるのは虚無の曜日だけなのだ。 つまり、遠出をするならば、どうしても虚無の曜日まで待たなければならない。 「虚無の曜日は明後日か……怪我の具合もあるし……丁度良いかしらね?」 遠足に行くのが楽しみで仕方ない小学生のように尋ねるルイズの言葉に、 ホワイトスネイクは返答をせずに、止めていた足を、また動かし始める。 「あぁ、今度は『土』や『火』じゃなくて『水』が良いわね。 やっぱり、自分で怪我の治療が出来た方が便利だし……」 自分の背中で、ぶつぶつと呟かれているホワイトスネイクは、才能云々の話で一枚のDISCについて思い出した。 「ルイズ」 「やっぱり、最低でもトライアン――――――んっ? 何よ?」 「一応言ッテオク、君ノ、スカートノ中ニ、一枚ノDISCガ入ッテイル」 ホワイトスネイクに言われ、自分のスカートに手を伸ばすルイズは、その中にあるDISCを手に取った。 『記憶』DISCとも、『魔法』DISCとも違う輝きを持つ、そのDISCの表面には、右半身が砕けた屈強な肉体を持つ何者かが写りこんでいる。 「ソレハ……『世界』ト呼バレル『最強』ノスタンドダ。 最モ、『無敵』ニ対シテ敗北ヲ喫シタ『最強』ダガナ」 「何それ? 負けたら『最強』じゃあないじゃない と言うか、スタンドって、あんたの種族みたいなもんでしょ? それがどうしてDISCになるのよ」 「原理ハ、才能ヲ奪ッタ時ト、ホボ同ジダ」 「ふ~ん」 感心したようにルイズは、DISCを繁々と観察してから、それを自分の頭部へと、そっと差し入れる――――――が 『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!』 「あひゃあっ!!」 唐突に脳に響いた怒声と身体の芯に叩き込まれた衝撃に、ルイズの身体はホワイトスネイクの背中から吹っ飛ぶ。 痛覚を抜いてままで良かった。 もし、痛覚が残ったままだったら、この衝撃による両手両足の痛みで気絶しただろうなぁ、とかルイズは考えていた。 「っ~!……何よ、これ!? なんで差し込んだら吹っ飛ぶのよ!? あんた、私の事を騙したんじゃないでしょうね!?」 「騙シタ訳デハ無イガ……ナルホド、ドウヤラ、君ノ今ノ精神力ト体力デハ、『世界』ヲ扱ウ事ガ出来ナイヨウダ」 「どういう事よ?」 じと目で睨んでくるルイズを尻目に、悠々とDISCを拾うホワイトスネイクは、DISCの表面の人型をなぞりながら、言葉を続ける。 「コノ『世界』ハ、スタンドノ中デモ、格ガ違ウ存在ダ。 例エ、弱体化シテイタ所デ、君ガ扱ウニハ、マダマダ成長シナケレバナラナイト言ウ事ダ」 最も、あの時のように感情を高ぶらせれば別だろうがな、と言う言葉を飲み込み、ホワイトスネイクは、倒れているルイズをおぶり、DISCを渡す。 ルイズは、渡されたDISCを、暫く見つめていたが、はぁ、と溜め息を吐いてから仕舞う。 「まったく…………今、使えないんじゃ意味無いわよ」 ホワイトスネイクと出逢った日に呟いた言葉に酷似した台詞を言うと、ルイズはゆっくりとホワイトスネイクの背中へと寄り掛かる。 頭をくっつけ、ホワイトスネイクの心音を後ろから聞くような体勢のルイズは、部屋に着く前に、深い眠りへと落ちるのであった。 第五話 戻る 第七話
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翌朝、犯行現場である宝物庫の前に呼び出されたルイズは、丁度、教師達が醜い罪の擦り付け合いをしている最中に辿り着いた。 やれ宿直やら、責任やら、衛兵やら、とりあえず自分の所に火の粉が掛からないよう必死過ぎるその姿に、吐き気を堪えるのに精一杯だった。 さっさと自室に戻って、フーケを追う準備でもしたい所だが、呼び出された手前、そういう訳にもいかない。 仕方なく、なるべく教師の会話に耳を傾けないようにしていると、蒼髪の少女の姿が目に留まった。 「あんたも呼び出されたんだ」 「目撃者」 隣に立ち止まったタバサの簡潔な言葉に、ルイズは特に何の感慨も抱かなかった。 普通なら、素っ気無い対応に腹でも立てるところなのだが、昨晩、共通の敵に対して共闘した事で、破滅的であった関係に僅かだが上方修正が加わった為、タバサの必要最低限しか話さない対応も、そういう個性であると捉える事が出来るようになったのである。 それに――― 「そうそう……とりあえず、コレはあんたに預けておくわ」 そう言って、ルイズは制服のポケットから、一枚のDISCを取り出した。 昨日と同じ、そのDISCを受け取ったタバサは、傍目からでも強張ったのが見て取れる。 ルイズは、タバサの表情に、ニタリと哂ったが、すぐにこの頃、板についてきたポーカーフェイスに戻り、タバサへ言葉を続ける。 「何も、すぐに使えるようになれとは言わないわ。 だけど、昨日のあの力……使えれば便利だと思わない?」 昨日、自室に戻った後、ルイズはDISCを自分の頭に差し込んでみたが、案の定、吹っ飛ばされた。 ホワイトスネイク曰く、DISCのスタンドを扱えるようになるには、適正が第一条件であり、第二条件が、スタンドを制御する為の精神力であると言う。 ルイズは、その二つ共が欠落している為、DISCから弾かれ、タバサは、二つの内の前者、適正がある為にDISCから弾かれずに済んだのだが、スタンドを制御する為の精神力が足りなく、暴走と言う結果になったらしい。 つまり、精神力だけを補えば、暴走をせず、使いこなせるスタンド使いになれる可能性が、タバサにはあるのだ。 無論、今の所はDISCから弾かれているルイズも、適正は無いが、適性を補う程の精神力があれば扱えない事も無い。 事実、感情の高ぶりによって爆発的に増大した精神力で、一瞬だが、ルイズはDISCのスタンドを、その支配下に置いていた。 だが、持続的にその精神力を発揮出来るかと言われれば、ルイズは顔を顰めるだろう。 人の精神は、無尽蔵であるが、無限では無い。 一度に引っ張り出せる力の量には限りがあり、今だ成長段階にあるルイズがDISCのスタンドを完璧に使いこなせるように精神力の限界を上げるとしたら、後3年程度は必要になるだろう。 ホワイトスネイクから、この考察を聞いた時、3年と言う年月にルイズは、げんなりしたが、ある意味、決心がついた。 適正は、精神力よりも必要性が高い位置にある。 要するに、適正がすでにあるタバサは、ルイズよりも遥かに短い年月でDISCのスタンドを我が物として扱う事が出来るようになるのだ。 適材適所。 今、使えないモノが自分の手元にあるよりは、すぐに使えるようになる者の手元に置いておいた方が、よほど建設的であろう。 ルイズは、そう考えて、タバサにDISCを預けたのだった。 タバサはルイズの言葉をどう受け取ったのか、DISCを自分のポケットに仕舞うと 「努力する」 ルイズの目を真っ直ぐに見つめて、そう呟く。 やる気に満ちた目に、ルイズは上機嫌で、フフンと口ずさんだ。 「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」 タバサとルイズがDISCについて話している中、教師達の会話は、何処をどう転んだのか、フーケを捕まえ、盗まれた『破壊の杖』と言う代物を取り返すまでに進んでいた。 勿論、ルイズは捜索隊に志願する為に杖を掲げる。 回りから、生徒では頼りないだとか、『ゼロ』に何がとか聞こえてきたが、あえて全てを無視する。 「君は生徒なんだ、ミス・ヴァリエール。危険な事は教師に任せなさい!」 「なら聞きますが、ミスタ・コルベール。 30メイルもあり、宝物庫の壁も叩き壊したゴーレムと戦う覚悟がある方が、この場に他におりますでしょうか?」 本気で身を案じているのか、苦しげな表情で言葉を掛けてきたコルベールに対して、ルイズは問答無用と言わんばかりに返答する。 ルイズの口から出た言葉に、他の教師達はお互いの顔を見合わせるばかりで、誰一人杖を掲げる者は居なかった。 フーケを討伐すれば確かに名は挙がるが、基本的に皆、命が惜しいのだ。 自分以外、誰一人杖を掲げない光景に、ルイズは不満げに鼻を鳴らした。 教師とは、生徒を正しく導き、そして危険から守る為の人材だ。 それが、例え自分から志願したとは言え、危険に晒されようとしている教え子と同行しようとする者が一人も居ないとはこの学園も長くは無いなと、ルイズは思ったが、口には出さなかった。 「しかしなぁ、ミス・ヴァリエール……流石に君一人と言う訳には……」 困ったように一人はマズいと告げるオスマンの言葉に、ルイズの隣の少女が、その杖を掲げた。 「ミス・タバサ!! 君もなのか!?」 疲弊したかのようなコルベールの声に、タバサは掲げた杖を、無言でより高く掲げなおす。 「どういうつもり?」 「私にも責任の一旦がある」 タバサの言葉に、なるほどと呟いたルイズは、宝物庫に集まった教師を一度、じろりと見回した後に、 タバサを伴って、さっさとその場から立ち去ってしまった。 あわてて、フーケの居場所を知らせてくれたミス・ロングビルに道案内を頼んで、二人の後を追うように指示するオスマンだが、その顔は幾分、不安によって曇っていた。 「さぁ、どんどん食べてくださいね、サイトさん」 「お……おぉぉぉぉ!!」 朝の仕込みで忙しい厨房の片隅で、シエスタの朗らかな笑顔を見ながら、才人は目の前の豪勢な料理に叫び声を上げていた。 才人の様子に、厨房で働いている人々は本当に楽しそうに笑っている。 本来ならば、平民が貴族の屋敷に乗り込み、尚且つ、自分の意見を通すなど天地が逆さになってもありえないのだが、才人は、そのありえない事を仕出かし、シエスタを救い出してきたのだ。 噂好きのメイド達は、貴族に見初められた恋人を救い出した平民に狂喜乱舞し、料理人達は、才人の男らしい行動に、心の底から感心していた。 実際は、モット伯を再起不能に追い込んだのはルイズとホワイトスネイクであり、シエスタを救い出したのも、恋愛感情では無く、恩人の身を案じた為であるのだが、それは言わぬが花だろう。 ともあれ、厨房の面々が自分の為に、朝の仕込みの合間を縫って作ってくれた料理を食べる才人と甲斐甲斐しく給仕をしながら料理を頬張る才人を見ているシエスタは幸せオーラを振り撒いており、何人たりとも近づけない雰囲気を醸し出していた。 が―――――― 「―――ちょっと、探したわよ」 桃色のチェシャ猫は、その雰囲気を真っ向から打ち壊し、誰も近づけないはずの二人の至近距離まで近づいたのだった。 「ふぁっ! ふぁいづ!?」 ルイズと叫びたかったのだろうが、口の中に料理が詰め込まれている才人は、正しい発音が出来ず、あたふたと聞き苦しい言葉を発し続ける。 「食べてる最中は喋らないでよ、汚いわね」 そんな才人を、ルイズは嗜めると、当然と言わんばかりに才人の為に用意された料理の席に座る。 座席は才人の分しか用意されてない為に、才人から席を奪ったのは言うまでも無い。 「平民の癖に随分と豪勢なものを食べてるのね」 嫌味でも何でも無くただなんとなく口に出した言葉に、厨房の働き手達は一様に顔を顰めたが、ルイズはその事を特に気にした様子は無かった。 「何か御用なんですか?」 今だに口の中に物がある才人に変わって問い掛けたシエスタの言葉に、ローストビーフをフォークで突き刺しながら、ルイズは用件を告げる。 「サイト、今すぐに正門に来なさい。私の護衛としての初仕事よ」 簡潔にそう述べると、それだけで説明は終わりと、ルイズはローストビーフを口に運ぶ。肉厚のあるビーフは、咀嚼する度に肉汁と旨みを口内に広がらせ、一度食べれば病みつきになる事、間違いなしなまでに料理として完成度が高かった。 ルイズの傲慢とも取れる態度に、才人は溜め息を吐いてから、食べかけていた料理を一摘みする。 「行儀が悪いから止めなさい」 いや、お前がそこに座っているからだろ、と才人は言いたかったが、シエスタを救って貰う時の借りがある訳だし、強く言う事は出来ない。 とりあえず、破天荒を地で行くルイズの行動に目尻を吊り上げているシエスタと調理場の人々に一言謝ると、才人は部屋に置いてあるデルフを取りに調理場を後にする。 哀愁漂うその背中を見ながら、ルイズは絶妙な味付けの料理に舌鼓を打っていた。 タバサは自室で、フーケ討伐の為の準備を整えていた。 準備と言っても、何時も彼女と共にある大きな杖と彼女のトレードマークである眼鏡を布で拭いているだけなのだが、そこにはある種の気迫に満ち溢れていた。 「きゅいきゅい!!」 窓の外で、タバサの使い魔である風竜が、珍しく傍目から見てもやる気に溢れているタバサに驚きの鳴き声を上げているが、それすら、今のタバサの耳には入ってこない。 拭き終わった眼鏡を掛け、ぴかぴかに光る杖を右手に持ったタバサは、『雪風』の名に相応しく、ひんやりとした闘気を身に纏い、力強く、一歩を踏み出した。 「あら? タバサじゃない、こんな時間にどうしたの?」 一歩目から波乱に満ちていた訳だが。 「それで付いて来た訳?」 「不覚」 ぽりぽりと頭を掻くルイズとタバサの視線の先には、 赤髪の少女が、黒髪の使用人の少年と何事かを話している光景があった。 タバサが自室から正門の馬車へと移動する時、偶然廊下を歩いていたキュルケと鉢合わせしてしまい、あれよあれよと言う間に付いてくると言う方向で話が纏まってしまった。 勿論、タバサは危険だと反対したのだが、逆にそんな危険な所に友達を送り出すだけなんて出来ないと言われると、 もうキュルケのペースで話が進んでいってしまう。 結局、キュルケの同行を断り続ける事が出来なかったタバサは、仕方なく一緒に馬車へ移動してきたのだ。 「キュルケが強引なのは、今に始まった事じゃないけど……今回は、ね」 ルイズの言葉に、タバサは頷く。 二人とも、掛け替えの無い親友であるキュルケが危険な目に遭うのが、心配なのだが、当の本人は二人の苦悩を知ってか知らずか、馬車の席の中で、一番座り心地が良さそうな場所にさっさと陣取っていた。 「おーい、そろそろ出発するぞー!」 手綱を握った黒髪の使用人の声に、ルイズとタバサは杖を握る手の力を無意識に強めながら、馬車に乗り込んだ。 「それにしても……泥棒退治なんかする気になったわねぇ」 道中の暇潰しか、キュルケがタバサとルイズに訊ねるように言葉を呟くが、二人とも、フーケと戦う時の戦術を話に夢中になっており、キュルケの言葉に返答しない。 本来なら、ここでカチンとくるはずのキュルケであったが、二人の真剣な表情に文句を飲み込む。 プライド高く、目の前で行われた犯行を止められなかった事に対して、それなりに責任と怒りを感じているルイズはともかくとして。 普段物静かなタバサですら、何時も手にしている本を手放し、熱心に議論を交わしているのだ。 止めるのは野暮と言うものだろう。 「二人とも、随分とやる気に満ちてるみたいですね、ミス・ロングビル」 「………………」 「ミス?」 キュルケの言葉に気付かず、ロングビルは、対フーケについて話し合うルイズとタバサを、鷹のように鋭い目付きで見詰めていた。 「どうかされたんですか、ミス?」 「―――いえ、なんでもありませんよ、ミス・ツェルプストー」 再度の言葉に、ようやく返答するロングビルだが、やはり視線は二人に固定され、キュルケの方へと振り向こうともしない。 そこに何か、薄ら寒い感覚を感じたキュルケだったが、結局、ロングビルに話しかけるのも止め、道の凸凹に上下する馬車の揺れに身を任した。 フーケが潜伏していると情報があった小屋は、深い森の中にあり、 森の入り口まで来た五人は、目立つ馬車から降り、徒歩でその場所に辿り着いた。 森の中の開けた場所の中心にある小屋を、ギリギリ視界に入れられる地点で立ち止まった五人は、ルイズとタバサが道中立てた作戦を聞かされる。 一先ず、偵察役兼制圧役を小屋に突入させ、それでフーケを捕まえられれば良し。 捕まえられなければ、待機メンバー全員で各々の最大の火力を、小屋を出てきたフーケにぶつけると言う、今ある戦力で出来る最大限の作戦であった。 突入役には、才人、ホワイトスネイクが担当し、 待機メンバーは、ルイズ、タバサ、キュルケ、ミス・ロングビルである。 「あの、ミス・ヴァリエール。貴方の使い魔が突入役に入っていますが……一体何処に?」 突入メンバーにホワイトスネイクの名があるのに、その場に居ない事を疑問に思ったロングビルがルイズに訊ねると、彼女は右手を上げてそれに答えた。 「私ナラバ、ココニ居ル」 ルイズの右手が合図だったのか、ホワイトスネイクがルイズのすぐ傍に具現すると、ロングビルは思わず一歩後ろに下がってしまう。 ホワイトスネイクに慣れていないキュルケも同様である。 「サイトとホワイトスネイクは合図があるまで、小屋のすぐ傍で待機して」 「合図はどうするんだよ?」 「私が直接ホワイトスネイクに出すから、あんたはあいつの指示に従って」 ルイズの言葉に、才人は、溜め息を吐きながら頷くと鞘からデルフを抜く。 「あ~、ひさびさに外出たよ。あのメイド、きっちり鞘に入れやがって、喋れやしねぇじゃねえか」 ぶつくさと文句を吐くデルフを、片手で軽くノックをして黙らせてから、才人は静かに小屋に近づいていく。無論、後ろからホワイトスネイクも続く。 「タバサ、例の物は準備出来てる?」 小屋の窓から死角になる位置に到着し、合図を待つ才人とホワイトスネイクを見ながらルイズが問うと、タバサは僅かに首を動かし、鬱蒼と茂る森の木々の間にある空を指差した。 その返答に満足げにルイズは頷くと、キュルケとロングビルに杖を構えるように促し、自らもまた杖を小屋の方へと向ける。 それぞれが詠唱を終えるのを確認し、ルイズはホワイトスネイクへ合図を送るように指示を出す。 命令を受けたホワイトスネイクは、三本立てて指を才人に見えるようにすると、それを一本ずつ減らしていく。 3 2 1 0! 指が全て畳まれると同時に、才人とホワイトスネイクは小屋の中へと突入する。 才人とホワイトスネイクは意外性により相手の動きを止める為、わざわざ壁にデルフで穴を開け、その中から進入した。 中に入った瞬間、小屋全体へ視線を巡らす才人とホワイトスネイクだが、小屋の中には人っ子一人居ない。 「もぬけの空って……やつか」 「ドウヤラ、ソノヨウダナ。隠レル場所モ在リハシナイ」 警戒を解く才人とホワイトスネイクは、ルイズ達へ中には誰も居ない事を報告し、そのまま小屋の中の探索に入る。 普通なら、罠なりなんなり有りそうなのだが、その気配はしない。 「『破壊の杖』ね、仰々しい名前だけど、どんな形か分からないからには探しようが……」 ぼやく才人を尻目に、足で床に置いてある木箱を蹴るホワイトスネイクは、木箱の奇妙な重さに気がついた。 木箱だけを踏み壊すと、木箱よりも一回り小さい長方形の飾りつけられた箱が出てきた。 蹴ってみると、ずしりと重い。 どうやら中に何か入っているらしかった。 「どう、様子は?」 小屋の扉の方向から聞こえてきた声に、才人とホワイトスネイクは探索の手を止めて、扉の方向を見る。 そこには、ルイズとタバサとキュルケの姿があったが、ミス・ロングビルの姿が見当たらなかった。 「一人足りなくねぇか?」 「ミス・ロングビルなら辺りの偵察って言ってたわよ」 歩くだけで埃が舞う小屋に、顔を顰めながらキュルケが答えると、 一人じゃあ危ないから俺も一緒に偵察してくる、と言って、才人が小屋の外へと出て行く。 ちなみに、一人では危ないと考えていたのも事実だが、本音を言うと埃っぽい小屋の中に居たくなかったのだが。 ともあれ、才人が小屋の外へと出て、一人少なくなった小屋の中で、タバサとルイズはホワイトスネイクの足元にある奇妙な箱に気がついた。 明らかに木とは違う材質で作られたその箱に、二人は覚えがあった。 事前に、ロングビルから伝えられた情報によると、確かあのような形の箱に『破壊の杖』が保管されているらしい。 まさかと思いつつ、二人が箱を開けてみると、なるほど、その中には無骨なデザインの細長い筒のようなモノが入っていた。 見ようによっては、確かに杖に見えない事も無い。 「もしかして……これが『破壊の杖』?」 呆けたように呟くキュルケの言葉にルイズとタバサは、じっと『破壊の杖』と思わしき物体を見詰めていた。 もし、仮にこれが『破壊の杖』だとして、どうしてフーケはこんな場所に置いたままにしているのか。 まさか、ここに荷物を置いておいて、自分は何処かで朝食でも食べているとでも? どういう事なのか、ルイズとタバサがお互いの推測を述べようとした時、天を揺るがさんばかりの地響きが周囲に木霊する。 ざわざわと木の葉を揺らす地響きに、ルイズとタバサは下唇を噛み締めた。 「ナルホド……撒キ餌ダッタ訳カ」 「どういう事よ!?」 焦ったようにホワイトスネイクの言葉を問うキュルケに、ルイズは自分達がハメられた事に対する怒りを露にしながら叫んだ。 「つまり、釣られたのよ、私達!!」 叫び声に反応するかのように、ホワイトスネイクはキュルケを抱きかかえ、 老朽化の為か脆くなった壁を突き破り外へと逃げる。 ルイズとタバサは杖を片手に、ホワイトスネイクが開けた穴から、外へと出るのであった。 「くそっ! こいつ、斬っても斬っても、すぐに直りやがって!!」 「すぐに貴族の嬢ちゃん達が来るから、無茶すんなよ、相棒!」 外に出ていた才人は、ちょうどゴーレムが生成される場所に出くわし、なんとか倒そうとしたのだが、幾ら斬っても土同士が結合しあい、どうにもこちらの勝ちが見えてこない。 「こーいうゴーレムが相手の場合は、術者を倒すのが一番なんだがな~」 「居ないもんはしょうがないだろ!!」 30メイルの巨体からは想像も出来ない程に素早く振るわれるゴーレムの拳を、人間とは思えぬ反射神経と運動能力で避ける才人であったが、疲れを感じぬ石人形と人間では、どちらにとってジリ貧の状況なのかは目に見えている。 この状況を打開する一番の方法は、ゴーレムを操っている術者の無力化なのだが、才人の視界内に術者と思わしき人物は存在しなかった。 「もっと良く探せ! こんなにパワーがあるのに、近く居ないはずなんてねぇ!」 デルフから檄が飛ぶが、探そうにも目の前のデカブツが放ってくる拳が、才人の余裕を精神的にも肉体的にも奪っていってしまい、それどころでは無い。 「良いか、やっこさんの速さはお前さんの速さには追いついてない!! 落ち着いて対処すらぁ、お前さんに攻撃なんて当たりっこねぇよ!!」 使い手を落ち着かせる為にデルフが声を掛けるが、戦闘行為など数える程しかしていないのに、それだけで落ち着くはずなど無い。 結果、ゴーレムの攻撃に対して無駄な動きが多くなっていく。 「ちっ!」 焦りを含んだ舌打ちに反応するかのように、ゴーレムは左手を繰り出してくる。 それを切り崩す為に逆袈裟に切り上げるが、デルフリンガーが触れる前に、土で構成されているゴーレムの腕がハリネズミのように形を造り変えた。 「相棒!!」 今まで拳と言う避けやすい攻撃しかしてこないと思い込んでいた才人は、突然切り替わったゴーレムの攻撃に反応しきれずに、その身を岩石の針で貫かれ――――――なかった。 「シャアアアアァァァァ!!」 まるで、蛇の鳴き声のようだと、才人は砕かれる岩を目の前にしながらそう思った。 「たくっ、遅すぎるぜ、嬢ちゃん達」 ほっとしたかのような安堵を含みながら、デルフは才人の心の内を代弁するのだった。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫びルイズの声に、才人は、ハッと我を取り戻し、目の前の股座を潜り、ゴーレムの背後へと回り込む。 ホワイトスネイクと才人の二人に挟み込まれたゴーレムは、集るハエを追い払うように、上半身をグルグルと回し、 前方と後方へ同時に攻撃をするが、先程の攻撃で用心深くなった才人と、元より慢心など有り得ないホワイトスネイクの二人には、1ミリも掠りはしない。 「キュルケ! タバサ! 併せて!」 ルイズ配下の二人によって撹乱しているゴーレムへ攻撃呪文を集中させる三人娘だが、炎で焼かれようが、風で吹き飛ばそうが、水で濡れようが、お構いなしにゴーレムは攻撃を続ける。 「どんだけ頑丈なのよ、あいつ!?」 忌々しそうにキュルケが吐き捨てるが、それでゴーレムの歩みが止まる訳は無い。 すでに、ゴーレムの攻撃対象は、ホワイトスネイクと才人から、メイジである三人へと移行しており、ゴーレムの周囲の二人は足止めの為の行動に切り替えていたが、完全に動きを止める事は出来ていない。 「タバサ! 例のヤツを!!」 有効打を与えられない事に苛立ったようにルイズが叫ぶと、タバサは頷き、空を目上げた。 一見すると何も居ないと思われる蒼穹から、凄まじい速度で何かが地上へと一直線に落ちてくる。 「きゅーーーー!!!」 口に樽を咥えたシルフィード。 傍から見ると間抜けな姿だが、それをしているシルフィードも、させているタバサも大真面目だ。 「今!」 タバサの合図と共に、シルフィードは口から樽を離し、眼下で暴虐の限りを尽くすゴーレムへと投下する。 「ナイス! タバサと、え~と、その、タバサの使い魔!!」 歓声を上げるルイズは、奪ってからすでに一日経ち、随分と身体に馴染んだ『水』の魔法の才能をフルに稼動させ、 一気に樽の中身をゴーレムの身体に浸透させた。 「キュルケ! 最大火力で!!」 「締めを飾ってあげるわ!!」 限界まで込められた魔力により胎動する感覚に、キュルケは笑みを浮かべながらそれを解放する。 火は炎となり、炎は焔となり、ゴーレムに染み込んだ純度の高いアルコールと周囲の酸素、それに魔力を糧とし、煉獄をこの世に再現させる。 ゴーレムは、罪を嘆き、罰を受ける罪人のように、膝を折り地面へと倒れ落ちた。 「……終わったのか?」 キュルケの焔から影響の薄い地帯にまで引いていた才人が、プスプスと炎に包まれているゴーレムに向かってぼそりと呟く。 「サァナ……ダガ、トリアエズノ危機ハ去ッタラシイ」 周囲を警戒しつつ、ホワイトスネイクがそう告げると、才人は溜め息を吐きながら、デルフリンガーを握っている手の力を緩める。 「ま~だ、気を緩めるんじゃねぇ。 ゴーレムが倒れただけで術者は、まだ健在なんだぜ」 「んな事言われなくても分かってるよ」 渋々、デルフを握る手にまた力を入れつつ、周囲を見回すとルイズやタバサも油断なく辺りを見回している。 ただ一人、キュルケだけが嬉しそうに自分が燃やしたゴーレムを指差しはしゃいでいた。 「見た、ルイズ!? ねぇ、見た、私の活躍を!!」 自慢げに語るキュルケにルイズは少し迷惑そうだったが、キュルケが居てくれたお陰でゴーレムを燃やす手間が省けたのも確かだ。 「助かったわ、キュルケ。 でも、まだフーケが残ってるから、気を抜かないようにね」 「もう、心配性なのね。 ゴーレムは倒したんだから、残ったフーケなんて牙の無い犬以下じゃない」 ケラケラと笑うキュルケだが、その笑いは、耳を劈く爆音によって掻き消えた。 完全にルイズ達の前に敗れ去ったかのように思えたフーケのゴーレムだが、燃え盛る火炎に包まれながら、芯に当たる箇所は奇跡的にも無事だった。 否、それは奇蹟では無い。 予め、ルイズとタバサが話していた作戦の内容を聞いた“そいつ”はゴーレムの胴体に当たる箇所をアルコールが浸透しない金属で作っていたのだ。 傍目から見ても分からないように、きちんと土を上から被せ、カモフラージュも忘れずに。 案の定、ゴーレムが炎上し、地面へと倒れ伏すと、ルイズ達はゴーレムを倒した事から油断してしまった。 勿論、ルイズ達には油断していると言う認識は無い。無いが、やはり強大な敵を打ち倒した後には、気が緩んでしまうのは仕方ない。 このような荒事に慣れているはずのタバサですら、僅かにだが、戦闘時よりも警戒が鈍っていた。 そして、それこそが“そいつ”の目的だった。 警戒の緩んだ、ルイズ達が取り囲むゴーレム。 今にも燃え尽きようとする四肢の土達に、無事な胴体の金属から魔力と指令が下る。 今すぐに、弾けて四散しろと言う、無慈悲で残酷な自害命令。 意思など無く、命も無い土は、その身を砕き、一斉に周囲360°に飛び散るのだった。 咄嗟に反応できたのは、鈍っているとは言え、様々な経験により研磨された意識を辺りに散りばめていたタバサだった。 ゴーレムが破砕し、燃え盛る岩石が自分を直撃する前になんとか風の防護壁を展開するが、岩石の弾丸はそれを容易く貫通し、タバサの身体を打ち付ける。 致命傷の箇所の防護壁は分厚くしていたお陰か、なんとか即死は免れたが、それでも、右手、腹部、左足に焼け焦げた石が直撃し、ジュウウウと言う肉が焼ける音と、骨の砕ける音が同時にタバサの耳に届く。 ルイズの場合は、もっと深刻だった。 突然の事態に、反応が遅れたキュルケを庇う為に、彼女を抱くような形でキュルケの前に立ったが、その為に詠唱をする時間が無く、凄まじい勢いの石の弾丸をモロに喰らってしまった。 奇跡的に背骨は折れなかったが、その代わりに、右肩の肩甲骨を砕かれ、 完全に右腕の機能が停止してしまい、握っていた杖が手からぽとりと落ちていく。 さらに、石としての硬度を保ったままの小さい粒達が散弾銃のようにルイズの背中を激しく撃ちつける。 ルイズの負傷により、ホワイトスネイクも足元から地面へと倒れ落ち、立ち上がる事すら出来なくなっていた。 「ルイズ、皆!?」 ただ一人、反則的な反射神経と動体視力によって、大きな岩石を避け、小さな石にしか当たらず比較的軽傷な才人が叫ぶが、彼の仲間で、その声に返答する者は居なかった。 第九話 戻る 第十話 後編
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東方Projectの霧雨魔理沙(他多数)を召喚。 01.夢と現の境界 02.夢は時空を越えて 03.明日ハレの日、ケの昨日 04.恋色マジック 前編/後編 05.少女が見た日本の原風景 前編/後編
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「家に帰してくれよ!」 「そんな事よりちゃんと使い魔の仕事は終わったのかしら、カツオ」 「わ、わかったよルイズさん」 ルイズの下着をシエスタまで運んで、部屋の掃除を一生懸命にやる カツオ、何も特殊能力が無いどころかどこから見ても平民である。 「おーぃ、磯野、広場で野球やろうぜ」 「ギーシュ空気嫁」 ギーシュの香水を拾ったのがきっかけで、決闘をし友情が生まれてしまったカツオだが、決闘の方式は野球であった。 使い魔チームとワルキューレチームに分かれての試合だったが、 球が校長室のガラスを割ってしまい双方に拳骨が落ちたのだった。 ほのぼのEND
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医務室にギーシュを放り込んで医務室を出た所で三人の人物に遭遇した。 一人は確か…コルベール…で良かったか?真ん中の老人は穏やかな表情の裏に隠された気迫からして 学院長だろう。となるともう一人の女性は秘書か?そう考えていると、 「ほっほっほ、面白い決闘であったぞ。ルイズ君、『ウル』君」 「やってる本人としては面白くも無いのだが」学院長らしき人物にそう応える。 「あああすいません学院長。こらっ『ウル』、礼儀正しくしなさいっ!」 「ほっほっほっ良い良い。それより先程の決闘で使った変身術、アレは何かのう。」 「『降魔化身術』と言いまして己の体を依り代とし幻獣・魔獣の類の魂を降ろす術です。」 「ほほう、誰にでも出来る、と言うわけではなさそうじゃのう」 「ご明察です学院長。『降魔化身術』は血筋に左右される所がありますので。しかし」 右の頬を左手で掻く。左手のルーンを見せ付けるように。 「このままで良いと思っているのですか、学院長。時間は無限に有る訳ではないのですよ。」 「そうじゃのう、ほっほっほっ。」 「行こう主・ルイズよ。ここは空気が悪い。」「え、ちょちょっと待ちなさいよー『ウル』。し、失礼しまーす。」 振り返り様学院長の方を軽く睨み付けて『狸め』そう思った。 ルイズの部屋に戻ったウルは、部屋中のカーテンを閉じ何がしかの魔法をかけてルイズの前に跪き 「我が主・ルイズには話しておかねばならない事が有る。」そう言った。 「な、何よ、いきなり改まって、いったい何だって言うのよ」 「実は我が最初に名乗った名前『ウルムナフ・ヴォルテ・ヒューガ』とは、我のかつての主の名前だ。」 「じゃ、じゃあ本当の名前って?」 「それは教えるわけにはいかない。我が三日前まで居た世界では名前を利用した呪殺術が存在する。 我がその世界から来た最初の存在であるという確証が無いまま、我の真の名前を教える訳にはいかないのだ。」 「じゃあ何でカーテンを閉めたの?」 「先ほどの決闘で見せた『蠢く岩塊』と表現できる姿、あれの名前は『ガウディオン』だ。 そして今から見せる姿こそ我の真の姿だ。」そう言うと『ウル』の姿が光に包まれ新たな形をとった。 「!!!」ルイズの目の前に現れた異形、それは黒い鎧に赤く彩られた紋様、 そして一対の翼を持つ『悪魔』と表現する他無いものだった。 「我は魔界の王にして『破壊神』の二つ名を持つ存在だ。」 ルイズは言葉も出せない程に固まっている。『魔界の王』は続けて言う。 「我が主・ルイズよ、喜ぶがいい。我の身内には他にも十八体の幻獣・魔獣の類が存在する。 即ち一度の召喚儀式で二十体の異形の召喚に成功したのだ。」 「…………『魔王』だけでもおなか一杯だってのに。何で今になってそういう事を打ち明けたの?」 「違う姿に『変身』して、その度に驚かれては『召喚者』としての立場に悪い影響を与えかねないからだ。 それにこの『技』は余り見せびらかすものでもないからな。」そして再び光に包まれ『ウル』の姿に戻った。 TOP あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ
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現スレ あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part208を読んで、描きました -- : (2009-01-30 13 10 23) ざ、雑君保プ? -- 名無しさん (2009-01-30 17 46 55) なんて書いてあるのかわからんですorz長女と三女の喧嘩なんでしょうけど・・・いや、俺のだしとか言ってるのは誰???ギーシュ??? -- 74 (2009-01-30 19 23 57) 現スレ あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part208ニ -- : (2009-01-30 19 30 46) すいません。失敗しました。Part208にあるラスボスだった使い魔の雑談ネタです。では、 -- : (2009-01-30 19 32 10) あぁ、確かユーゼスを取り合うウ゛ァリエール一家のネタかw -- 名無しさん (2009-01-30 20 19 44) 男にまで迫られ現実逃避するのも私だ。 -- 名無しさん (2009-01-30 20 21 42) アッー -- 名無しさん (2009-01-30 20 23 57) なんかもうごめんなさい -- 書いた奴 (2009-01-30 21 31 54) ……私は作者として……どうコメントすればいいのか……。えーと、取りあえず乙です。 -- 名無しさん (2009-01-30 22 21 36) ↑名前付けるの忘れてました、申し訳ありません -- ラスボスの中身 (2009-01-30 22 22 05) ヴァリエール公爵様と「烈風」カリン様がアップを始めたようです。 -- 名無しさん (2009-04-12 05 01 27) なんて手抜き・・・ -- 名無しさん (2009-04-18 09 29 16) 雑だなぁ -- 名無しさん (2009-10-17 02 50 44) いいなあこういうの -- 名無しさん (2011-02-09 18 52 50) 名前 コメント
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漆黒のキャンバスに、赤の月が満ち、もう一方の月の色を侵食する夜。 闇色と朱色に彩られた庭園を、一人の幼い少女が駆けていた。 ―――はぁ……はぁ……はぁ…… 少女は、逃げていた。 嘲笑、蔑み、劣等感。 ありとあらゆる不の感情から逃げていた少女は、やがて一艘の船に辿り着いた。 ―――はぁ……はぁ、はあ…… 短く呼吸を正し、船に乗り予め用意されていた毛布に包まった少女は、みっともなく泣き腫らしている。 「―――無様ね」 少女しか居ないはずの船の上に声が響く。 苛立ったようなその声は、思い出したくも無い過去の失敗を穿り返された人間のそれに似ている。 誰にも見つからぬよう、声を押し殺し泣く少女だったが、不意にその顔が笑顔へと変化した。 頬を紅く染め上げ、はにかみながら笑う少女の視線の先には羽根つき帽子を目深に被った一人の男性が立っていた。 「子爵……様」 少女がその男性を知っているように、声の主もその男性を知っていた。 幼き恋心の対象。 そして、父と男性によって交わされている約束。 男性に手を引かれ、恥ずかしそうに船から降りた少女は庭園を後にする。 自分達を見つめている者の視線にまったく気がつかずに…… それもそのはず。 今、此処に展開されているのは、一人の少女の『記憶』 普段は日常に埋もれ、決して掘り起こされない、過去の事象。 それが、夢と言う幻燈機械に掛けられ、ただ一人の為に上映されているのだ。 観客はただ一人。 主役であり、脇役であり、脚本家であり、監督でもある存在。 その存在は、自らの過去である少女に侮蔑と決別の溜め息を吐きだして、幻燈機械を停止した。 「夢……か」 まどろみと陽射しに包まれ、何処と無く朦朧とした視線を漂わせる。 視界にあるのは、木々が生え、涼しげな池が存在する庭園では無く、一年間住み続けている自分の部屋であった。 「ホゥ、今日ハ、ヤケニ早イ目覚メダナ」 「存外に失礼ね、あんた」 椅子に座って、一枚のDISCを手で弄んでいるホワイトスネイクの軽口を適当に返事を返しながら、着替えをするルイズ。 性別不詳のホワイトスネイクを前にして裸になる事に、微塵の羞恥心すら無い事が、そこから窺い知れる。 手早く着替えを終えたルイズは、飽きずDISCを弄りとおしているホワイトスネイクに声を掛けて、さっさと食堂へと出かけていった。 食堂で、やたらと豪勢な朝食を食べたルイズは、その足で今日の授業が行われる教室へと向かう。 確か、今日の授業は、ミスタ・ギトーが講師を務めるはずだと思い出すと、朝からあまり良くは無かった機嫌が、一段と悪くなるのが分かった。 ミスタ・ギトーは『風』が最強と言う持論を生徒達にも強要する先生であり、その冷たい論調と傲慢な態度に嫌っている生徒も少なくない。 と言うより、ギトーを好きな奴を探すとなるとこの学院を、それこそ掘り返しても探さないと発見できないぐらいに嫌われている。 ルイズも、その例に漏れず、ギトーの事を嫌っている生徒の一人だ。 別に、何が最強と思うのは個人の勝手だ。 しかし、その考えを無理矢理他人に強要するところが、ルイズは好きにはなれなかったのである。 「あら、今日は早いのね。ルイズ」 「ちょっとね……そういう貴方も早いのね」 挨拶をしながら欠伸をするキュルケに、ルイズはそう聞き返すと、女の嗜みよ、となんだか良く分からない返答が帰ってきた。 ともあれ、教室の隣同士の席に座って話をしていると、暫くしてタバサも教室に現れ、キュルケに誘われ、同じ机に席を置いた。 女三人寄れば姦しいとは言ったもので、普段お喋りなキュルケはともかくとして、人並みに話すルイズと、普段まったく会話をしないタバサも、ぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせていた。 そうこうしている内に、授業の始業時間となり、ミスタ・ギトーが髪色と同じ真っ黒なローブを揺らしながら教室の扉を開け、教壇に立った。 「では授業を始める」 何の面白みも無く、淡々とした言葉遣いで始まりの挨拶をしたギトーに、生徒の大半は心の中で溜め息を吐いた。 学生と言う身分は勉強しなければならないと言う事は分かっているが、どうしてもそこに娯楽性を求めてしまうものである。 他の授業―――例えば、火の魔法の授業であるコルベールなどは、時々変な発明を授業で発表したりするが、 あれはあれで、そこそこ受けが良い。無論、外す時もあるが。 ともあれ、この授業は、娯楽性と言う点で言えば最低ランクのさらに下のランク外であり、生徒達はこの苦痛な時間が早く過ぎる事を祈っていた。 この時までは――― 「骨が燃え残るか心配なんですけど、私」 「何、心配には及ばない。君の炎は私のマントの切れ端すら燃やせないだろうからな」 睨みあうキュルケとギトー。 お互いに杖を引き抜き、すでに臨戦態勢だ。 こうなった理由は簡単である。 炎が最強であると言ったキュルケに、ギトーが、ならば君の力で証明してみせろとキュルケを挑発したのだ。 始めは乗り気で無かったが、家の事を引き合いに出されると彼女としても本気を出すしかない。 魔力で編まれた焔を、さらに巨大にさせた直径1メイルもの炎の弾は、喰らえば大火傷、下手をすれば命まで燃やし尽くされる程の火力を有している。 勝利を確信して焔を放つキュルケだったが、満を持して放った炎が掻き消され、自身もまた疾風によって吹き飛ばされた。 その光景に誰もが息を呑む。 普段、おちゃらけた態度で居る事の多いキュルケであるが、その実力は折り紙つきで、誰もが認める程であったからだ。 だと言うのに、ギトーは、キュルケに勝った事が規定事実のように、 少しの高揚も感じさせない声で『風』が最強であると言う、偉ぶった演説を始めた。 ルイズは、そんな演説などクソ喰らえだった。 吹き飛ばされるキュルケの身体を受け止めるように出現させたホワイトスネイクに彼女の身体を受け止めさせると、愛用の杖を握り締めて、こつこつと甲高い足音を響かせギトーへと向かっていった。 ギトーは突然立ち上がった生徒に眉を顰めたが、今、自分が吹き飛ばした生徒と同じくフーケ討伐で名を上げた生徒だと知ると、特に注意もせず、教壇と同じ高さに降りてくるまで待ってから、先程と同じように挑発から会話を始める。 「ほぅ、どうやら、君も『風』が最強と言う事に異論があるらしいな、ミス・ヴァリエール。 異論があるなら、先程の彼女のように私に魔法をぶつけてくると良い。 何、君に使える魔法があればの話だがね」 ギトーは、ホワイトスネイクの能力を知らない。 基本的に生徒に関して無関心である為に、生徒よりもさらに重要度の低い使い魔の事など、どうでも良いからだ。 その為、ギトーの中では、ルイズは魔法の使えない無能な生徒のままで時が止まっている。 ルイズは、とりあえずギトーの挑発を無視してキュルケの傍へと歩み寄る。 ギトーを如何こうするより、キュルケの体調の方が、重要度が高い為に。 「大丈夫、キュルケ?」 「平気よ。それにしても、ほんと、貴方の使い魔って有能ね。 あんなちょっとの時間で、私を受け止めてくれるなんて」 キュルケの言葉にルイズは、ちょっとだけムッとした。 確かに助けたのはホワイトスネイクだが、そうなるように位置やタイミングを合わせたのは、自分だからだ。 自分が行った行為に対する正当な賛美が無いと機嫌が悪くなる所は、まだ子供なルイズであるが、物事の切り替えの早さは、すでに他の人間と比べて特出するにまで至っている。 「それじゃ、ちょっと、あいつをとっちめて来るわね」 杖の矛先をギトーへと向けるルイズに、キュルケは、にんまりと笑った。 「手加減ぐらいしてあげなさいよ」 「あら、目上の人に手心を加えるなんて失礼じゃない?」 ルイズも釣られてニヤリと口元を吊り上げると、制服のポケットから一枚のDISCを取り出し、自分の頭へと差し込む。 巻き添えを食らわないように自分の席へと戻ったキュルケは、タバサに耳打ちをして、学生席を全て風の防護膜で覆う。 万が一の事態に備えた上の行動である。 ギトーは、風の防護膜に素晴らしいと言葉を漏らして、興味深げにタバサの魔法を観察していた。 彼にとって、ルイズなど眼中にすら入っていない。 典型的なメイジの思想を持っている彼にしてみれば、メイジ以外など下等も下等。 魔法を使えないルイズも、ご多分に漏れず下等に分類されている。 そんな事を知ってか知らずか、ルイズは詠唱を完了させると足元の地面を変換させる。 ルイズの魔法に、誰もが、『風』以外の属性を見下しているギトーですら唖然としてしまった。 石造りの床を錬金よって、質量保存の法則とかを強引に無視させ、天井までの大きさを持つ岩にルイズは創り変えたのだ 「先に行っておきますけど、死なないでくださいね?」 気持ち悪いぐらいに優しげな響きを持ったルイズの言葉と共に、その岩がギトーの方へと倒れていく。 もはや、魔法だとかそういう次元の話では無い。 相手は、火の玉でも無ければ氷の矢でも無く、土のゴーレですら無い、ただの岩の塊。 圧倒的な質量で自分に倒れてくる、その塊に必死で魔法をぶつけるギトーであったが、吹き飛ばそうにも、あんな質量の物体を弾き飛ばす事など彼には出来ない。 出来るのは、風によって、倒れてくる時間を引き延ばす事だけである。 「ぐっ、ぐぐ!!」 魔法の連続使用による負荷によって、ギトーは精神が飛びそうになったが、必死に意識を繋ぎとめる。 今、ここで意識を失えば自分の身体は………… その先は、考えたくも無い事柄だった。 「助け―――」 「命乞いなんてみっともないですよ、先生」 醜く、命乞いをしようと声を上げようとしたが、岩の向こう側に居たルイズが、何時の間にかギトーの隣で、チェシャ猫のように耳元まで裂けた笑みを浮かべて立っている。 ギトーは悟った。 こんな笑みを浮かべる者に、命乞いなど意味が無い事を。 そして、後悔した。 自分は、こんな化け物みたいな哂いを浮かべる者に、戦いを挑んでしまったと言う事を。 「うっ、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 すでに限界は来ていた。その限界を死にたくない一心で騙し続けていたギトーであったが、とうとう魔法の発動が止まり、岩の動きを遅くしていた風が無くなる。すると、岩は凄まじい速度でギトーに倒れこんだ。 ルイズは、その叫び声を、まるでフルオーケストラを聴いているように、うっとりとした顔で耳に刻みながら、タクトの如く杖を振る。 「ぉぉぉぉぉおおおお…………お?」 こつんと、ギトーの頭に石が当たった。 岩がギトーを押しつぶす寸前、ルイズが錬金を解除した為に、元の質量に戻ったのだ。 ルイズは、ギトーの先程までの醜態に満足したのか、何も言わずにキュルケとタバサが座っている席へと戻っていく。 「ちょっとやり過ぎだったんじゃない?」 「あれぐらいなら良い薬よ」 「良薬口に苦し」 席へと戻ったルイズに少し困ったような調子で注意するキュルケと、ルイズの行動を肯定しているのか良く分からない言葉を呟くタバサ。 そんな三人の様子を見ながら、ギトーはふらふらと教室を出て行く。 「やや! どうされました、ミスタ・ギトー、まだ授業中ですぞ!?」 廊下に出ると妙に着飾ったコルベールと鉢合わせたので、授業の代役を頼むと、返事も聞かずにギトーは自室へと戻っていく。 今日は、もう、誰とも話す気にはならなかった。 ケツの穴に氷柱を突っ込まれかのように、おとなくしなってしまったギトーの態度は、『風』を最強と自負していた頃と比べると、見る影も無い程に衰えてしまっていた。 同じ頃、燦々と太陽の光が降り注ぐ中、ご主人様から預かった洗濯物を干している才人は、同じく、洗濯物を干そうとしているシエスタと話し込んでいた。 本来なら生真面目な性格であり、仕事中の雑談などしないシエスタであったが、 才人と一緒の時だけは、どうしても仕事が疎かになり、会話を楽しんでしまう。 それが駄目な事だと理解はしているが、どうしてもそれに『幸福』を感じてしまうシエスタは、それを直そうとは思わなかった。 「へぇ、シエスタの故郷って、そんなに良いところなんだ」 「はい。片田舎ですけど、村の人は優しくて、山には色々な果実が実ってて、ほんと、平穏なところですよ」 二人の会話は、何時の間にか故郷に関する話となっていた。 自分の故郷、タルブ村を事細やかに説明するシエスタに、才人は楽しそうに笑っていたが、不意にシエスタの表情が曇る。 「あれ……どうかした?」 「あっ、いえ……あの、すいません、無神経な事を話して」 申し訳そうに謝るシエスタに、はてと才人は首を傾げた。 一体、今の何処に無神経な事があったと言うのか。 「えっと……なんで、シエスタは俺に謝ってるの?」 疑問をそのまま口にすると、シエスタは益々、身を縮めて悲しそうな顔をする。 正直、グッときた。 「だって……サイトさん……自分の故郷に帰れないのに、私、故郷の話をして……」 シエスタの言葉に、才人は、手をぽんと叩いた。 そうか、確かに帰れない人に、帰れる人間が自慢するのは失礼にあたる行為かもしれないが、特に自分はその事に対して何も感じていない。 「いや、俺、そういうのあんまり気にならないからさ。 むしろ、シエスタが故郷の話を聞かせてくれるのは、凄く楽しいから、もっと聞きたいなぁ、とか思ってるけど」 才人の返答に、シエスタは良かったぁと安堵の溜め息を吐き、豊満な胸をほっと撫で下ろした。 「でも――――――とか思わないんですか?」 「え?」 聞こえなかった訳では無い。 ただ、どうしてかその単語が脳内で理解できなかったので、才人はもう一度聞き返す。 シエスタは、不思議そうに先程と同じ内容を繰り返した。 「ですから、故郷に帰りたいとか思わないんですか?」 「――――――――――――あっ」 帰りたい――――――才人は、自分の中に在り得なかった、その発想に愕然とした。 思えば、異世界である此処に迷い込み、シエスタの曽祖父が自分と同じ世界の人間かも知れないと聞かされた時でも、 自分の頭に『帰る』と言う考えは浮かばなかった。 何故ならその考えは………………無駄だから? 「サイトさん?」 「あっ……れ?……」 シエスタの怪訝そうな声に、今まで考えていた事柄が思い出せなくなる。 「えっと……何の話だっけ……あぁ、そうだ、シエスタの故郷の話だったっけ?」 何処と無く不自然な顔をした才人に、シエスタは何も言わず、心配そうな視線を向けてくる。 才人は、自分の中に何か釈然としないものがあるのを感じながら、それについて考える事を放棄した。 放棄せざるをえなかった 「そういえば、前、聞かせてくれたけど、シエスタの故郷に秘宝みたいなのがあるとか言ってたよね? それって、どんなものなの?」 才人の何事も無かったかのような態度に、シエスタは何かを言おうとしたが、軽く頭を振ってから質問に答える。 「うちの曾御爺ちゃんが残したモノなんですけど……その『悪魔の牙』って―――」 「あっ、シエシエ、見つけた~!」 シエスタの口から、なんだか物騒な単語が出るのと同時に、シエスタと同じメイド服に身を包んだ少女が、才人とシエスタの近くまで走ってきた。 「どうしたんですか、そんなに急いで?」 同僚の慌しい雰囲気に、シエスタが尋ねると帰ってきた答えは意外なモノであった。 「王女様! アンリエッタ王女様が此処に来るんだって!!」 メイドが息を切らしながら伝えた内容に、才人とシエスタはお互いの顔を見合わせた。 四頭のユニコーンに引かれた特別製の馬車が、魔法学院の正門を通過し、姿を現すと、王女の到着を今か今かと待ち侘びていた生徒達は、一斉に杖を掲げた。 件の三人組も、他の生徒達と同じように杖を掲げていたが、心情は他の生徒とは若干違いがあった。 キュルケは、清楚で穏やかな王女よりも自分の方が綺麗じゃないかと詰まらなそうな顔をしていた。 タバサは、トリステインの王女自体にそこまで興味が無かったので、杖を掲げているだけで何も考えていない。 強いて言うならば、今日の晩餐は、王女が来たお陰で豪勢になると考えていた。 ルイズは、何か……遠い何かを見るような目でアンリエッタを見つめていた。 「思ウ所ガアルト言ッタ顔ダナ」 「別に……時間の流れって、無情って思っただけよ」 隣に立つホワイトスネイクの声に、返答したルイズは、馬車が見えなくなると同時に部屋へと戻る為に、踵を返した。 今のアンリエッタに、昔のような、見ると安心するような笑みは無かった。 彼女の顔にあったのは、張り付いたかのような作り笑いのみ。 幼少のみぎりに共に遊んだ少女は、あそこには居なかった。 あそこには、ただの王女が居るだけ。 「ほんと……無情ね」 ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた言葉にホワイトスネイクは何も言わずに、ルイズの後に続くのだった。 その夜、夢と同じような赤色の月が光を提供する部屋の中で、ルイズは熱心にホワイトスネイクと会話するタバサを見ていた。 夜分遅いと言うのに、部屋に留まる蒼髪の少女にルイズは、頑張るものねぇ、と呟く。 「挑戦」 一通りホワイトスネイクとの会話を終え、手に持っていた一枚のDISCをタバサは、何の躊躇いもなくDISCを挿し込み―――案の定苦しみ始めた。 「はぁ……ホワイトスネイク」 落胆したかのようなルイズの声は、もう三度目だ。 ホワイトスネイクは、その声に反応し、これもまた三度目となるDISCの強制排除を実行する。 「……失敗」 自分の頭から抜き取られたDISCを渡されながら、苦々しげに呟くタバサだったが、何処と無く声に覇気が感じられない。 「今日ハココマデダ。ソロソロ、精神力ガ限界ダロウ」 ホワイトスネイクの言葉に頷くタバサは、ルイズに一礼をしてから、よろよろとおぼつかない足取りで部屋から出て行こうと扉に手を掛け、掴まれた。 「そんな危なっかしい歩き方しか出来ないのに、部屋を追い出したんじゃ、私がキュルケに叱られるわ。 少し、休んでいきなさいよ」 語尾を強めるルイズに、タバサは思わず頷いてしまう。 そのまま勧められるままに、テーブルの椅子に座るタバサだが、この申し出はありがたい。 正直、眩暈と吐き気によって気分が最悪で、部屋まで歩けるか分からなかったからだ。 「でも、あんたも頑張るわよね……初日から、こんなに気合入れるなんて」 「…………」 「まぁ、『力』を使いこなせるようになれば、便利だから頑張るのは分かるけどね」 あふ、と欠伸をして、眠たげにベッドに横になるルイズを見るタバサの瞳は、何時も通りの無感動を映している。 「相変わらず、人間味の無い眼をしているわね、あんた」 「自覚は無い」 「でしょうね。そんな眼、自覚してやってるとしたら、相当、性質が悪い奴だから」 タバサの体調が回復するまで、取り留めの無い話を振っていたルイズであったが、扉のノック音が部屋に響くと同時に、半分閉じかけていた目を強制的に開かせ、扉の方へと視線を向けた。 始めに長く二回、その後、短く三回ノックされたのを確認してから、ルイズは立ち上がり、扉を開けた。 扉を開けると、そこには黒頭巾を被った少女が、頭巾と同じ色のマントを羽織って立っていた。 「まさか……」 頭巾越しに分かる少女の顔立ちに、ルイズは驚きからか、言葉を漏らす。 少女は、ルイズの言葉に反応するように部屋へと入り、扉を閉めてから杖を振るった。 ホワイトスネイクが警戒の色を濃くし、何時でも少女の頭蓋を砕ける位置に立っている事に気がついたタバサは、声を掛ける。 「魔法での仕掛けが無いか確認しただけ」 その説明に、頭巾の少女は頷きながら頭に被った布を取り去る。 「驚いた」 本当に驚いているのか、激しく疑う程に単調に呟かれたタバサの言葉は、頭巾を取り去った少女―――アンリエッタ王女へと向けられたものだった。 「姫殿下」 アンリエッタ王女の眼前に居たルイズ、恭しく膝をついた。 そこに、タバサは違和感を感じた。 貴族たる事を、絶対として扱っているルイズにしては珍しく、その仕草に何処と無く不自然さが付き纏っていたからだ。 「あっ、ほら、あんたもさっさと―――」 「良いのよ、ルイズ。貴方のお友達なら、私にとってもお友達だもの。 ルイズも、ほら、立ち上がって。友達に対して膝をつく人なんて居ないでしょう?」 優しげであり、母親に抱かれるような抱擁感を覚えさせる声に、タバサは思わず息を呑む。 なるほど、確かに王女と言うだけはある。 風格と仕草、それに何者をも癒すかのような声には、カリスマに満ち溢れていた。 普段から、トリステインの王族は執政者としては他の王族に格段に劣っていると聞き及んでいたタバサは、よくそれで国が動いていると思っていたが、なるほど、このカリスマは、王族としては一流だ。 そこまで考えて、不意にタバサの顔に影が落ちた。 それは如何なる思考の果てなのか、無感動を歌うはずの彼女の瞳は、その時ばかりは揺れに揺れていた。 幸い、昔話に花を咲かせている、ルイズとアンリエッタは気付かなく、気付いたホワイトスネイクも別に声を掛ける義理も無いので放っておいた為に、彼女の思いが外に出る事は無かった。 「あの頃は……本当に楽しかったわね、ルイズ」 昔話が一頻り済んだ時に、アンリエッタはぽつりと懐かしむように呟いた。 「えぇ、本当に……」 それに対して相槌を打つルイズは、今朝見たアンリエッタと、今のアンリエッタの違いに内心、物凄く驚いていた。 あの時は、作り笑いを浮かべ、民に対して手を振るうだけの人間になってしまったと思っていたが、今、こうして目の前で話すと、昔のままのアンリエッタが存在している。 (人間って、凄く便利な生き物なのね) (何ヲ今更。人ハ、誰彼モ欺イテ生キテイケル、唯一ノ生キ物ダゾ?) 呆れたようなニュアンスを含んだホワイトスネイクからの返答に、そうなのかしら、と思いながら、ルイズはアンリエッタの言葉に返答していく。 だが、話の合間に溜め息を吐き続けるアンリエッタに、ルイズは眉を顰めた。 タバサに顔を向けると、彼女もまたルイズと同じ結論なのか首を縦に振る。 「あの……姫様、どうかなさったんですか?」 「えっ?」 「先程から溜め息ばかりを……何か、悩み事があるのでは?」 疑問系で聞いたルイズだったが、アンリエッタに何か悩み事が存在する事は確信していた。 思えば、もう何年も会っていない友人に会いに来て昔の話をしたのも、恐らくはその悩みで磨耗した気を紛らわす為だったのだろう。 「あぁ、ルイズ……やはり、貴方には分かってしまうのね。昔から友達である貴方には……」 誰でもあんなに溜め息を吐けば分かると言うものだが、それに突っ込むものは居ない。 ともあれ、アンリエッタは、眼を真っ直ぐルイズへと向けようとしたが、その前に、椅子に座っているタバサへと視線が逸れた。 「すいません。この話は国の重要事項であり、信頼の置ける人物にしか……」 「分かった」 申し訳無さそうに述べるアンリエッタに、タバサは立ち上がり、一礼してから部屋の扉に手を掛ける。 調子の悪さも、きちんと歩けるぐらいには回復していた。 「じゃあね、また明日……かしら」 後ろから掛けられたルイズの言葉に、振り返らずに頷いたタバサは、服のポケットに入っているDISCの重さを確かめながら、部屋を後にした。 「これで、今、この部屋に居るのは、私と私の使い魔のみ……話していただけますか、姫様」 タバサが完全に遠のいたのを確認してから、ルイズがそう言うと、アンリエッタは重々しく頷き口を開いた。 「そうですね…………では、話しましょう。私が、夜も眠れぬ程に悩む事柄を―――」 憂いを張り付かせ、笑みが掻き消えたアンリエッタの表情に、今更ながら、厄介事に巻き込まれる事になると気が付いたルイズであった。 第十話 後編 戻る 第11.4話
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「まったく、ただの平民だと思ったら、案外やるもんだねぇ」 そう、ルイズも、タバサも、キュルケも、ホワイトスネイクも、才人の言葉に返答しなかった。 ならば、この声の持ち主は…… 「その言い草……なるほどね、獅子身中の虫って事かい」 カタカタと鍔を揺らすデルフの声は、珍しく怒りを満ちていた。 デルフの言葉に、才人は身を固くし、ゴーレムの攻撃と爆発の影響が無い場所に潜み、今、勝利を確信してこの場所に現れた“そいつ”に剣を向ける。 「あんたが……あんたが……!!」 “そいつ”の名はミス・ロングビル。 またの名を―――――― 「『土くれ』のフーケ!!」 「正解。賞品は出ないけどね」 ふてぶてしく嘯くフーケは、才人達の中で一番負傷が激しいルイズへと杖を向けている。 「分かっていると思うけど、詠唱はもう終わっているから、 一歩でも動いたら、このお嬢ちゃんの頭が柘榴みたいになっちまうよ おぉっと、そこの眼鏡の子も、杖から手を放すんだ、良いね」 抜け目無くタバサが無事な左手で持っていた杖を捨てさせたフーケは、ゆっくりとルイズへと近づきながら、今回の事件に関する説明を始める。 「最初、計画通りに『破壊の杖』を盗んだまでは良かったんだけど、どうにも私には、使い方が分からなくてね。 それなら、使い方が分かる奴に使って貰おうと考えた訳さ。 魔法学院の連中なら知ってると踏んだんだけど……どうやらハズレを引いたみたいだね」 誰に聞かれるでも無く、何故、わざわざ学院に戻り捜索隊が出るように仕向けたかを話すフーケに、自分を庇い重症を負ったルイズを抱いていたキュルケは、ふつふつと怒りが込み上げてきていた。 「そんな……そんなくだらない理由で―――!!」 「くだらないなんて、とんでもない。 使い方の分からないマジックアイテムなんて、杖を持ってないメイジみたいなものよ。 価値なんてありゃしない」 まぁ、あんた達には分からないでしょうねぇ、と呟くフーケを、射殺さんばかりに睨むキュルケの唇は、怒りのままに噛み締められ、真っ赤な血が滴り落ちている。 「正直、ゴーレムを倒した手並みは見事だったけど、詰めが甘いよ。 来世では、きちんと最後まで気を抜かないようにね」 目付きを鋭くしたフーケが呪文を解放しようと、杖を、気付かれないように摺り足で移動していた才人に突きつける。 「まずは、あんたからだよ!」 そう言い、解放しようとした瞬間、フーケは咄嗟に後ろに下がった。 キュルケの腕に抱えられていた少女が立ち上がり、自分の方へ、そのか細い腕を向けた為に。 「何のつもりだい? まさか、杖も無しに私に戦いを挑む気なの?」 「そのまさかよ『土くれ』 私はこれからあんたを倒すわ」 右肩が砕かれ、その他の箇所にも岩石が当たり、呼吸をするのもやっとだと言うのに、ルイズは普段通りの口調とテンポで言葉を紡いでいた。 「どうして貴族様と言うのは、こう負けず嫌いなのかね?」 やれやれと言わんばかりに杖を構えるフーケに対し、ルイズは、それは違うと首を振る。 「確かに……あんたにここまでされたのは癪よ。だけど、私が、今、立ち上がっているのは、それとはまったく関係無い。 私はね、フーケ。何よりも自分の理想を汚すのが、一番耐えられないから、立ち上がっているのよ」 前だけを見据えて、桃色の少女は言う。 「理想?」 「えぇ、敵に後ろを見せず、例えその先にあるのが死だとしても、毅然として立ち向かう。 ――――――それが、私が求める理想よ」 一歩、さらに前へと踏み出し、フーケに近づくが、体重を支え、地を蹴る為の足は小刻みに震え、もう、すでに限界に来ている事を告げている。 「理想ねぇ……勝てない敵に……必ず死ぬと分かっている者に立ち向かうのは、そんなに大層なもんじゃない。 ただの無謀と言うんだよ」 「無謀だからと言って、その場から逃げたなら人間は人間じゃなくなる。 その辺の家畜と変わらなくなるわ。 理想あっての人間。理想を実現する過程が、人間が生きるべき、最も尊い道。 私は、絶対に其処から外れるのは嫌。外れてなんかやらない。外れるものですか―――!!」 声は力となり、限界のはずの足を動かす。 前へと、己が敵を打ち倒す為に、ただ、只管に前へと。 「なら、その道で果てな!!」 フーケの杖から魔法が炸裂する。 その魔法は、ルイズの足元の土を一気に氷柱のように変化させ、そのままルイズの心臓を貫こうとする。 キュルケは、友人が死んでしまう現実に、顔を覆った。 タバサは、やっと見つけた希望が潰えるのに、絶望を顕わにしていた。 才人は、初めて見る死と言う事象に呆然としていた。 故に、この状況で動くのはただ一人。 「なっ!」 確かに桃色の髪をした少女に気を取られ、他の連中に対しての警戒が散漫になっていたのは認める。 認めるが、フーケは目の前の現実が信じられなかった。 崩れ落ちる少女の身体。 支える白の使い魔。 そして、粉砕された土柱。 「マッタク、君ノ成長速度ニハ呆レルシカナイナ。マサカ、一週間足ラズデ、エンリコ・プッチト同ジ程ノ精神ノ強サヲ持ツトハ…… 『世界』ノDISCヲ扱ウノニ三年ハ月日ガ必要ダト言ッタガ、ドウヤラ、ソノ認識ハ改メナケレバナラナイラシイ」 ルイズと同じだけの負傷を負っているはずのホワイトスネイクだが、その口調には隠し切れない喜びの韻が、確かに含まれていた。 それは、主が自分の望む強さに辿り着いたが故の喜びか。 歓喜に吼えるホワイトスネイクに、ルイズは、こいつを召喚してから一週間と一日しか経ってないんだなぁ、と現状とは違う事を考えていた。 「死に損ないが! 潰れな!!」 右肩が砕け、口から血を溢しているホワイトスネイクに、フーケは残りの魔力を総動員して作った、10メイルのゴーレムを嗾ける。 先程のゴーレムに比べれば、遥かに力は落ちるが、それでも亜人一匹殺すには十分過ぎる戦力のはずだ。 だが――― 「―――俺を忘れんな」 四肢を切り落とされ、ダルマにされるゴーレム。 その横には、剣についた土を振り払う黒髪の少年の姿。 硬直していた才人の頭が、ようやく再起動を果たしたのだ。 2対1 自分にとって不利な状況になってしまった事に気がついたフーケは、ダルマになったゴーレムに先程のゴーレムにした命令と、まったく同じ命令を下す。 この距離では、自分も被害が被るが、命には代えられない。 顔を腕で覆い、頭への被弾を防ぐような格好をしたが、それはまったくの無駄であった。 ルイズを支えていたホワイトスネイクは、即座にルイズから離れ、爆発寸前のゴーレムを左手と両足だけで完璧に粉砕したからだ。 その速さと破壊力は、明らかに人型のどの生物をも超越していた。 「……化け物」 フーケが思わず呟いたその一言に、ホワイトスネイクは、鼻を、フンと鳴らす。 奇しくもそれは、最近のルイズの癖に酷似していた。 「化ケ物カ……悪クハ無イナ。少ナクトモ、貴様ノヨウナ者ト同列ニ見ラレナイダケナ」 嘲るようにそう言うと、ホワイトスネイクはフーケの傍まで歩き出す。 フーケは、即座に踵を返して逃げようと走り出したが、彼女を守るべき泥人形が居ない今となっては、逃げられるはずも無い。 すぐに追いついた才人が、足を引っ掛けてこけさせて、フーケの杖を奪い取る。 無様に転んだが、それでも逃げようとするフーケの足をホワイトスネイクは掴み、持ち上げる。 「離しなさいよ、この!!」 「良イダロウ」 宙吊り状態になっても抵抗していたフーケを、遥か高く空中に放り投げ、落下してくるその身体に、拳を叩き込む。 何度も、何度も、何度も、何度も。 「おい! もう良いだろ! 止せ!!」 才人の声に、殴るのを止めたホワイトスネイクの横に、フーケの身体が落下する。 その身体には、幾重もの青痣が刻まれ、口元からは血が滲み出ていた。 「大丈夫なのかよ?」 「心配ナイ。死体ニナッテハDISCヲ取リ出セナイカラナ。急所ハ全テ外シテアル」 そういう問題じゃねぇだろ、と呟く才人の声に返答せず、 ホワイトスネイクは、殴打によって意識が無いフーケの頭から一枚、DISCを取り出す。 「貰ッタゾ……貴様ノ才能」 吐き捨てるように言葉を浴びせたホワイトスネイクは、さっそくそれをルイズに渡そうと振り返ると、桃色の少女は赤髪の少女の膝枕で気持ち良さそうに目を瞑り、意識を深い闇の底へと沈ませていた。 「どうやら終わったみたいね」 ルイズが起きないように、小さな声で言うキュルケの言葉に、才人とホワイトスネイクが同時に頷く。 フーケを戦闘不能に追い込み、『破壊の杖』の奪取にも成功した。 これは、文句なしの大成果である。 「帰還」 合図をし、風竜を呼び寄せたタバサに、一同はそれぞれの負傷を庇いながら風竜へと乗り込むのであった。 「それにしても……ミス・ロングビルが『土くれ』だったとはのぅ」 学長室で自慢の髭を擦りながら呟くオールド・オスマンは、物凄く残念そうである。 秘書として完全無欠、おまけに尻の触り心地も最高だったと言うのに、解雇しなければいけない事を、彼は本気で嘆いているのだ。 「いや、しかし、よくやってくれた、皆の者。 君たちのシュヴァリエの爵位申請を宮廷に提出しておいた。 あぁ、ミス・タバサは、すでにシュヴァリエじゃったから、精霊勲章の授与を申請しておいたぞい」 パイプの煙を吐き出しながら告げられた内容に、オスマンの元へ報告に来ていた、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は顔を綻ばせた。 いや、タバサは何時も通りの無表情であったが。 三人共、フーケに負わされた怪我は、オスマン自ら治療を施し、ルイズに至ってはタバサ戦から長引いていた両腕と両足の怪我も完璧に完治していた。 「さて、ミス・ヴァリエールには、もう一つご褒美じゃ。 君に対して科せられていた謹慎処分を、現時点を持って取り消すとする」 オスマンの威厳がたっぷり込められた言葉に、ルイズは目を丸くした。 「あの……まだ期間はありますけど?」 「じゃから、ご褒美じゃと言ってるじゃろ。 確かに間違いを犯したと言う事実を消す事は出来ない。じゃがな、ミス・ヴァリエール。 消す事は出来んが、正しき行いによって払拭する事は出来る。つまりそう言う事じゃ」 呵々とその辺に居る爺さんとまったく変わらない笑い声に、ルイズは深く頭を下げた。 「ありがとうございます……オールド・オスマン」 「良い良い。さて、諸君。今宵の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。 主役は勿論、フーケを討伐した君達じゃ。楽しんでくれたまえ」 三人は元気良く、はいと返事をすると、学長室から退室する。 オールド・オスマンは、誰も居なくなった部屋で、一人パイプを吹かしながら、惜しいのぅと呟いた。 「ねぇ、ホワイトスネイク」 自室に戻り、舞踏会の為のドレスに着替え始めたルイズは、自分が完治した事により、怪我が癒えた使い魔の名を呼ぶ。 ホワイトスネイクは椅子に座り、奪ったばかりのDISCを手で弄んでいたが、ルイズの声に顔を上げ、彼女の方を見る。 「ドウシタ、ルイズ?」 ホワイトスネイクの声に、ルイズは何かを言おうと口を動かすが、途中で止める。 言おうか言うまいか迷っている、と言った様子だ。 そんなルイズの様子に、ホワイトスネイクは不思議そうに首を傾げた。 「ドウシタト言ウノダ、ルイズ。何カ言イタイ事ガアルナラ、ハッキリ告ゲタ方ガ良イ」 「―――分かった、言うわ。あのね、ホワイトスネイク。 …………エンリコ・プッチって、誰?」 真剣勝負寸前の武士のような顔で告げられた内容に、ホワイトスネイクは拍子抜けしたが、すぐに、そういえば、まだ話していなかったな、と思い出した。 「エンリコ・プッチトハ、私ノ元本体。私ヲ生ミ出シタ言ワバ、父デアリ、母親ダ。 彼ノ精神ノ象徴ガ私デアリ、故ニ彼ハ私ヲ100%使イコナス事ガ出来テイタ」 懐かしむように語り始めたホワイトスネイクを、ルイズは怒りとか悲しみとか、とにかく、そういうのがごちまちゃになった表情で、彼を見つめていた。 「私ハ彼デアリ、彼ハ私デアッタ。彼ノ望ミハ、私ノ望ミ。彼ノ悲シミハ私ノ悲シミ。 イヤ、スタンドデアル私ニ、悲シミヤ怒リナドト言ッタ感情ハ無イカラ、私ガ感ジテイタ悲シミヤ苦シミハ、彼ノ感情ダッタノダロウナ」 「ホワイトスネイク……貴方……」 その人の所に戻りたいの? とルイズは聞けなかった。 何故なら、プッチと言う男を語る彼の眼は、故郷を懐かしむ人間のそれであったから。 「シカシ、ルイズ。何故、コンナ事ヲ聞ク?」 「別に……他意は無いわよ。 ただの知的好奇心ってやつかしらね」 素っ気無く、ルイズはそう答えると、さっさと部屋から出て行った。 ホワイトスネイクは、何処かおかしげな本体の様子に首を捻るしかなかった。 「ヴァリエール公爵が皇女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~~り~~~~~!」 白を基調としたドレスに身を包み登場したルイズに、魔法学院の生徒達は、皆、大口を開けていた。 普段『ゼロ』とか無能呼ばわりしていたはずの娘が、着飾ればここまで美しかった事を、誰一人予想していなかったからだ。 「僕とダンスをご一緒しませんか?」 「いえ、ここは私と」 「何を言う、ヴァリエールは俺と踊るんだ」 がやがやと自分の回りに集る男子生徒にルイズは、人間とはこうも簡単に手の平を返せるものかと、一種の感心さえしていたが、今まで自分の事を蔑んできた者と踊る趣味など、ルイズは持っていなかった。 最初の頃は、諦めずに粘る生徒も居たが、頑ななルイズの態度に、一人、また一人と居なくなり、とうとう、ルイズの回りから生徒達は完全に居なくなった。 「良かったのかよ、断って」 「良いのよ、あんな連中と踊る身体なんか持ち合わせてはいないわ」 軽食とワインをお盆に載せて付き従う才人の言葉に答えると、 ルイズの足は自然と、誰も人の居ないバルコニーへと向かっていた。 「ホワイトスネイク」 バルコニーに出ようとする所で、ルイズは自分の使い魔を呼びつける。 「今日は、あんたが一番のお手柄だから、今だけは私の傍を離れるのを許すわ。 パーティー、存分に楽しみなさい」 そう言い、さっさとバルコニーに出るルイズの後姿は絶対に着いて来るな、ホワイトスネイクに告げていた。 「おい!」 慌てて後を追う才人であったが、主の意図を汲み取ったホワイトスネイクは、暫くテラスを見つめていたが、やがて、パーティーの喧騒の中に紛れていった。 「どうしたのだよ、お前」 「……別にどうもしてないわよ」 バルコニーの手すりに寄り掛かるルイズだが、その顔は誰が見ても曇っているようにしか見えない。 「あのなぁ、そんな顔でどうもしてないとか言われても、はいそうですかって言えねぇんだけど」 呆れたように溜め息を吐く才人に、ルイズはムッとしたのか柳眉を逆立てたが、すぐにそれも元通りとなってしまう。 こりゃ、重症だなと才人は頭を掻く。 先程の様子では、ホワイトスネイクと何かあったらしいが、訳を知らない自分に出来る事など無いに等しい。 なので、とりあえず、その無きに等しい自分に出来る事を、才人はする事にした。 「ホワイトスネイクの事で悩んでるだろ」 「―――ッ! なんで……?」 「お前な……あいつにあんな態度取ってたんだから、丸分かりだっつうの。 まぁ、あいつの何で悩んでるかまでは分からないけどさ」 ルイズは、あっさりと自分がホワイトスネイクについて悩んでいる事を言い当てられたのに、手すりから離れ才人の顔を正面から見た。 「うちの親父が言ってたんだ。誰かについて悩んでる時って言うのは、その人の事を信じられなくなっているからって。 あ~、要するにだな。ホワイトスネイクを信じてやれよ。 一体、何で悩んでるか知らないけど、俺が見る限り、あいつはお前の事を本当に大切に思っているよ。 そんな奴の事を、信じられないのか?」 私が……ホワイトスネイクを、あいつを疑っている? そんなはずは無い。自分に対して常に忠実であり、裏切る事など初めから思考回路に存在しない、あいつを、どうして疑わなければならな―――――― ――――――その人の所に戻りたいの?―――――― っ! そうだ、自分は聞けなかった。 もし、帰りたいと告げられた時、一体、どんな顔をすれば良いのか分からなかったから…… いいや、それも違う。 そんな事を考えたく無かったから。 ホワイトスネイクが自分の元から居なくなるなんて、想像もしたくなかったから。 自分を底辺のさらに底から助けてくれた者を、失いたくは無かったから。 だから、私は聞けなかった。 ホワイトスネイクが、自分では無く、元本体を取ると疑ったから、私はあいつに聞けなかった―――っ!! 「サイト!!」 「はっ、はい!!」 「……ありがとう。あんたのお陰で目が覚めたわ」 「はっ?」 呆ける才人をその場に置いて、ルイズはパーティーの喧騒に紛れて行った使い魔の所へ走っていく。 「元気だねぇ、まったく」 二人の会話に口を挟まなかったデルフが、やれやれと呟いた。 ルイズと別れたホワイトスネイクは、特にこれと言ってやる事が無かったので、ぶらぶらと会場をうろついていた。 回りの学生達は、奇妙な姿をしたホワイトスネイクにこそこそと陰口を言っていたが、彼には関係無かった。 どれだけ蔑まれようが、どれだけ侮られようが、その事に関して怒りを感じたり、何らかのアクションをホワイトスネイクが取る事は無い。 これが本体への侮辱であるならば、話は別だが。 ともあれ、今宵のルイズの美しさは、使い魔が奇妙な姿である事を差し引いても、蔑まれる事が無い程であり、ホワイトスネイクの被害者は今のところ0名である。 「奇遇」 会場に設置されたテーブルの近くを通ったホワイトスネイクは、何の肉なのか良く分からない巨大な肉を喰らうタバサに話しかけられた。 普段の彼ならば、軽く無視するのだが、今は暇を持て余している身分なので、左手を上げて挨拶を返す。 「美味」 「残念ダガ、食物ヲ取ル必要性ガ私ニハ存在シナイノデナ」 差し出された料理を断ると、タバサは残念そうにもぐもぐと料理を胃袋に収め、 丸く透き通った瞳でホワイトスネイクの顔を覗き込んだ 「ナンダ?」 何か聞きたい事がある事を察し、どうせ暇だからと聞き易いように自分から話を振ると、タバサはゆっくりと口を動かす。 「ありがとう」 「別ニ、オマエヲ救ウ為ニ、フーケヲ倒シタ訳デハ無イ」 詰まらなげに呟くホワイトスネイクの言葉に、あえてタバサは何も言わなかった。 ただ、感謝の言葉を口にしただけで満足なのか、蒼色の髪を揺らしながら、テーブルの料理をお腹に詰める作業を再開する。 ホワイトスネイクは、そんなタバサの背中を見つめていたが、やがて、その場から立ち去った。 次にホワイトスネイクが出会ったのは、多くの男子生徒と会話とダンスを楽しんでいたキュルケだった。 彼女は、生徒の垣根を越えてホワイトスネイクの前に立つと突然、その頭を下げた。 キュルケが亜人に頭を下げた事に周囲の生徒達はざわめいたが、キュルケはそんな事、気にも留めずに、先程のタバサと同じように感謝の言葉を口にした。 「ありがとうね、貴方のお陰で色々と助かったわ」 「解セナイナ。オマエヲ助ケタノハ、ルイズダロウ」 「あぁ、今日の事じゃないわ。切っ掛けはどうあれ、貴方が来てくれたお陰で、私は自分がしてきた事に気がついて、ルイズに謝る事が出来た。 本当にありがとう。貴方のお陰で、私はルイズと本当に親友になれた気がするわ」 そう言って、生徒達の中心に戻るキュルケに、ホワイトスネイクは何かを言おうとしたが、結局止めた。 まったく、変な日である。 まさか、本体では無く、自分が人から感謝の言葉を受けるとは思ってもいなかった。 初めての事に戸惑いながら、歩いていた彼は、軽快な音楽を奏でている楽師達の前に来ていた。 そこは楽師達と近く喧しい事から人は居なく、ホワイトスネイク一人だけである。 「―――こんな所に居たのね」 周囲から隔離されたように人が居ないその場所に、もう一人の人物が現れる。 その人物は、桃色の髪をしたルイズと言う少女であった。 ルイズは、静かにホワイトスネイクに近づく。 丁度、楽師達は次の演奏の打ち合わせで音楽を鳴らしていない為に、人々のざわめきが唯一のBGMだ。 「あのね……ホワイトスネイク」 学生の声に紛れるような小さな声。しかし、込められた思いの大きさ故に、耳まで届く音。 「私…………貴方に聞きたい事があるのよ」 意を決したように紡がれる音に、ホワイトスネイクは無言のまま耳を傾ける。 どれだけ小さな音であろうと聞き逃す事が無いようにと。 「エンリコ・プッチの……貴方の元本体の所に……………………戻りたい?」 「マサカ」 即答だった。 吟味も、考慮も、何も無く、ホワイトスネイクは脊髄反射のように答えた。 あまりの速さに、ルイズは問い掛けたままの形で彫刻となっていた。 「何ヲ考エテイルカト思エバ……ソンナ無駄ナ事ダトハナ…… 良イカ、ルイズ。私ノ今ノ本体ハ一体誰ダ? 私ヲ具現シ、従ワセテイルノハ誰ダ? 私ノ力ヲ使イ、自身ノ望ミヲ叶エテイルノハ誰ダ? 言ウマデモ無イ。ソレハ君ダ、ルイズ。 君ガ私ヲ従ワセ、君ガ私ヲ形作リ、君ガ私ヲ運用スル。 ソコニ疑問ヲ挟ム余地ナド在リハシナイ。ハッキリト言オウ、ルイズ。 君ガ、私ノ本体デ在ル限リ、私ハ君ト共ニ在リ続ケル。 ソレトモ何カ、君ハ私ノ本体デアル事ニ嫌気デモ差シタノカ?」 「そんなこと無い!! 貴方の主で居る事を嫌だなんて思った事なんて、私、一度も無い!!」 「ナラバ、私ト君ノ関係ハ未来永劫安泰ダ。 君ト言ウ存在ガ、コノ世カラ消失スルマデ、私ハ君ト共ニ在ル事ヲ誓オウ」 赤面モノな台詞を面と向かって言われたルイズは、顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせている。 「あっ、あっ、当たり前じゃない!! あんたは、わっ、私のつ、つ、使い魔なのよ! 嫌だって言ったって、いっ、一生扱き使ってやるんだから!!」 なんとか本心を隠したつもりのルイズであったが、その様子は、ばっちりと他の生徒達に見られていた。 その生徒達の中でキュルケはくすくすと、タバサは興味津々と、才人は呆れた風に肩を竦めて、素直では無い少女を見守るのであった。 第十話 前編 戻る 第十一話
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「……随分と大変な事をしてくれたものじゃ」 窓から赤い光が差し込む学長室。 その重厚な椅子に座り、オールド・オスマンは、扉近くに立つルイズに、ほっほっと笑いながら話しかけた。 まるで近所の御爺さんのようなオスマンに、ルイズはニコリとも笑わず、ただ立ち尽くしているだけだ。 「さて……ここに呼ばれた理由は分かっているかの?」 「はい、禁止されていた貴族間の決闘を行った事ですね」 淀みなく答えるルイズに、オスマンは、そうじゃ、と頷きながら髭を擦る。 長くて真っ白の髭は、オスマンが自分の身体で一番自慢できるものだ。 「ルールが何故あるか……分かるな、ミス・ヴァリエール?」 「ルールを誰一人守らなければ、国は、法は正しく動きません」 「そうじゃ……例え、それが生徒同士の喧嘩が原因で発展した決闘であったとしても、それをそのままにしておくと、確実にルールは無くなる。 故に、ミス・ヴァリエール。君に今回の件の罰を与える」 罰と言う言葉にもルイズは動じない。ただ在るがままを受け入れる水のように、ただそこに居る。 「君に1週間の謹慎処分を与える。1週間、ルールの重要性について、確りと思い返しなさい」 「はい」 ルイズは罰を聞くと、すぐに踵を返し、学長室を後にしようとするが 「これ、まだ老人の長話は終わっとらんぞ」 オスマンの声に身体を急停止させる。 「まだ何か?」 オスマンに振り返らず、後ろを向いたままのルイズに、ぼけぼけとした学長室の空気が変わった。 「本当に……わしがしようとしている話が分からぬか、ヴァリエール」 「ミスを付けてください。幾らオールド・オスマンと言えど、呼び捨てはいけません。 さっき、貴方は言いました。ルールは守るべきだと。 貴族は貴族同士を敬い、助け合う。その為に相手に対する礼儀は必要ですよね?」 「ミス・ヴァリエール!!」 オスマンの雷鳴の如き声が、学長室に響き渡る。 事務仕事で話に入ってこなかったロングビルでさえ、ビクッと思わず反応してしまった声だったが、 ルイズは後ろ向きのまま先程と同じように微動だにしていない。 「ミスタ・グラモンが、魔法を使えなくなったそうじゃ」 「…………」 「さらに言うと、君が彼と決闘をして、君が去る時に彼は自分で自分の首を絞めたそうじゃな」 「さぁ……私は自分の眼で見ていないのでなんとも……」 「話を誤魔化すのもいい加減にせんか!!!!」 立ち上がり、声を荒げるオスマンにルイズは振り返り―――――― 「誤魔化してなどいません!!」 学長室に来てから初めて声を荒げた。 「彼は、私を侮辱しました!」 「侮辱程度で魔法を使えなくし、殺そうとしたと言うのか!!」 オスマンの怒声に、ルイズは肩を揺らした。 それは別に、今更このオスマンの声に恐れをなした訳ではない。 侮辱“程度”!? この男は、侮辱程度と言ったのか!? オスマンの言葉に、ホワイトスネイクを嗾けなかったのは、ルイズに残っていた僅かな自制心から来るものであった。 その自制心で、自身を律したルイズは、オスマンへと向き、静かに淡々と、だが、荒々しく言葉を紡ぐ。 「では、オールド・オスマン―――貴方に尋ねます。 貴方は、他の人に使えて当然。なのに、自分はそれを使えなくて、使える者達と同じ扱いを受けた事はありますか!? その事で、お情けを貰ってるだとか、家の名前だけで、居座っていると、言われた事はありますか!? 他の者が、使えて当然のモノを、これ見よがしに見せ付けてきて、使えない事を詰られた事がありますか!? いつも、陰口を叩かれて、話しかけてくる者達が、挨拶のように馬鹿にしてきた事がありますか!? 自分よりも下の者に、使えない癖に、何を偉ぶっていると思われた事はありますか!?――――――」 それは、聖歌のよう透明であり それは、狂歌のように終わりがなく それは、鎮魂歌のよう悲しみに溢れていた 聞くに堪えない、言葉の羅列に、ミス・ロングビルどころかオールド・オスマンすら、その目を見開き、ルイズを見つめるしかない。 「貴方は……貴方は、家族に使えない事を心配された事がありますか!? 誰よりも、何よりも尊敬している目標の人に、使えない者として見られた事がありますか!? 自分を表す二つ名が……使えない事の意味を持つ言葉にされた事はありますか!? それを、皆が……使える者達が……毎日のように………… 毎日のように私に言ってくる気持ちが……貴方に分かりますか―――オールド・オスマン!!!!」 これが、ギーシュを殺害寸前まで追い込んだ、ルイズの感情の正体だった。 最初は、ただの劣等感であった。 それが、一年と言う月日で、様々な要因で歪んでいき……目の前の少女となった。 オスマンは思う。 もしも、ミス・ヴァリエールが召喚した者が、この奇妙な姿をしている者ではなく、もっと普通な…… そう、魔法を奪えるような力を持ってさえいなければ、この感情と折り合いをつけて、生活していただろう。 しかし、運命の悪戯か、ブリミルはなんという者達を出逢わせてしまったのか。 歪んだ感情の捌け口を求めていた少女と、偶然、その捌け口にピッタリ合う力を持っていた使い魔。 オスマンは所詮使える者だ。 ルイズの苦しみが、どれ程のものなのか、知る由も無い。 どうすれば良いと言うのだ、自分に。 一体どうやって、雨の中に置き去りにされたような目をした少女を救えば良いと言うのだ。 「…………ミス・ロングビル」 名前を呼ばれて、我に返ったロングビルがオスマンを見る。 それに対して、オスマンはただ頷くだけ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 今日は、色々とあって疲れただろう……もう部屋に帰って休みなさい…… 罰に関しては、後日改めて――――――」 「貴方は!! 常に見下されて生活したことが―――!!」 「もう良い!!! もう、十分に伝わった…… 眠りなさい、ミス・ヴァリエール。 眠って、眠って、眠って……その身体を休めてくれ……」 オスマンは、それだけ告げて、椅子に深く腰を下ろした。 ルイズは、まだ何か言っていたが、ロングビルに連れられて、学長室を後にする。 ホワイトスネイクもその後を追う。 そうして、学長室にただ一人残されたオスマンは 悲しそうに、ほほっと笑う、その顔には後悔しか浮かんでいない。 「一年……たったの一年じゃ…… 一年前のミス・ヴァリエールは希望に満ち溢れていた。 自分が使える魔法を見つける為に、あらゆる努力をしていた…… そんな彼女を……ここは一年であそこまでにしてしまった…… ……悔やんでも悔やみきれんな」 そう言って、オスマンは静かに目を瞑り、何処とも知れぬ者に祈りを捧げた。 どうか、あの少女に眠りの中だけは安息が訪れるようにと…… 「頼む……返して……僕の……まほっ……」 真夜中の医務室。 そこに現在眠っている人間は三人。 一人は、精肉屋に行く為の下拵えをされたマリコルヌ。 もう一人は、貴族に勝った平民、平賀才人。 そして、最後の一人、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズに魔法DISCを奪われる瞬間の夢を見ていた。 それは、正しく悪夢だった。 彼の持つ、全てを、魔法も碌に扱う事の出来ない『ゼロ』に粉々にされる悪夢。 「うわっ……わ……あぁぁ……来る……来るな……・・・僕に……近づくなぁ!!」 「きゃっ!」 悪夢での自分の叫びを現実でそのまま叫んだギーシュは、それで目が覚めた。 慌てて自分の首を確かめてみるが、何にも束縛されていない。 きちんと、呼吸が出来る。 「良かったぁ……」 「……あの―――」 「うわっぁあぁぁぁ!!」 声を掛けられたショックで、またも大声を上げるギーシュであったが、そういえば、さっき、小さな悲鳴が聞こえたなぁと思い、落ち着いて回りを良く見てみると、闇に溶け込むかのような黒髪をしたメイドが、水差しを持ってこちらを見ていた。 忘れもしない……自分が、こうなるキッカケを作ったメイドだ。 「おまえっ!!」 立ち上がり、メイドの肩を掴むと、メイドは声を荒げ。手を振り解こうとする。 「おっ、落ち着いてください!! ミスタ・グラモン!!」 「落ち着ける訳が無いだろう!! お前の所為で、僕は、僕は!!」 ―――魔法が使えなくなったんだぞ!! そう叫ぼうとして、初めて、それをギーシュは正気の中で認識した。 自分は……魔法が使えない……惨めな『ゼロ』になってしまったのか…… ギーシュは、夢にも思わなかった。 本来使えるべきモノが使えない苦痛が、これ程のモノとは。 なるほど……ルイズは、これを毎日味わっていたのか。 恐らく、最初から使えない者の苦悩は、これの何倍も大きいのだろう。 そんな苦悩を持った者に、自分は、一体何を言ったのか。 ――――――魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!―――――― 違う……違うのだ。 今、分かった。 彼女は、別に偉ぶって、貴族らしくしていた訳では無い。 魔法を使えない彼女にとって、貴族とは最後の拠り所。 魔法も使えず、貴族も否定されたなら、一体彼女は何なのか? 「くそっ……僕が……僕が馬鹿だったのか……」 もっと早く気付けば良かった。 彼女の居場所を奪ってしまった自分の一言に。 「謝りに……謝りに行かないと……」 「お待ちください、ミスタ・グラモン! まだ、動いては駄目です! お身体に障ります!」 「邪魔をしないでくれ! ルイズに……ヴァリエールに謝りに行かないといけないんだ!」 今度は、メイドがギーシュの肩を掴み止めに入るが、 これでも、一応は男であるギーシュに体格差で負けている少女が止められるはずが無かった。 「わかっ、わかりました。ミス・ヴァリエールの元へ行く事を許可しますから このお薬を飲んでください」 「何の薬だい、これ?」 ポケットから薬包紙に包まれた粉末状の薬を取り出したメイドは、ミス・モンモラシからの差し入れです、と答えてくれた。 「モンモラシーからか……そういえば、彼女にも心配を掛けてしまったな」 自分に駆け寄ってきてくれた時の、彼女の悲痛な表情を思い出したギーシュは、その薬を一気に呷りメイドから手渡された水差しで喉の奥へと流し込む。 「どうですか、お薬の味は?」 「良薬口に苦しだよ。う~、マズいなぁ、もう」 「そうでしたか……結構高かったんですけどねぇ、そのお薬……」 ルイズは、自室のベッドの上でシーツに包まり丸くなっていた。 自分は魔法を使えるようになっている。 それも、自分を見下していた奴から手に入れたDISCで。 そう思うと、ルイズは夕方あれだけ取り乱していたのが嘘のような笑みを浮かべていた。 自分は、一年間を、劣等感の中で暮らしてきた。 今、思い返しても、あの一年間は反吐が出る。 だが、それも明日から……いいや、今夜から変わる。 最高の気分でルイズは、魔法で燈したランプを、また魔法で消す。 明日は早くから、あの平民の様子を見に行かなきゃならない。 ご主人様に無断で使い魔のルーンを譲渡したのに、最初は怒りを覚えたが、ホワイトスネイクの台詞でその怒りも消えた。 ―――適材適所……全テノ力ニハ、相応シイ者ガ居ル。アノ、ルーンモ、ソノ類ダッタダケダ――― そうだ、適材適所だ。 あの平民が、私のルーンを扱うように、あんな貴族らしからぬ、ただ魔法が使えるだけの無能共の才能は、もっと毅然とした人間に与えられるべき者だ。 ただ、魔法が使えるだけで貴族と名乗っている連中は、豚のように地べたを這いずり回って『ゼロ』の気分を体感させてやる!! 「見返してやるわ……私を、私を『ゼロ』と呼んだ全てのメイジを…… うぅん、全ての人間を、絶対に見返してやるわ!」 あの目障りな優男の才能は奪ってやったので、後は、いつも、いつも、私を侮辱していた、あの精肉屋に並ぶべき豚と、自分を『ゼロ』と呼んでくる、忌々しいツェルプストーの女。 「一先ずは、この二人をね。 まぁ、後は……おいおい、決めていけば……ふぁぁぁああぁぁ……良いかな……」 トロンとした目付きで、夢心地に入るルイズは、そういえば、キュルケを無能にする時に邪魔をした奴も居たわねぇ、と思い出した。 だが、すぐにそれも忘れる。 また邪魔してきたら諸共奪えば良いし、邪魔をしてこなかったら、それで良い。 自分の記憶の限りでは、あの娘は確か…… 私の事を『ゼロ』とは読んでないのだ……か……ら…… 「ヤット……眠ッタカ……」 ルイズが夢の世界へと旅立った事を確認すると、ホワイトスネイクは椅子に腰掛ける。 「平賀才人……カ……」 珍しく物思いに耽るホワイトスネイクは、あの『黄金の精神』を持った少年の事を思い出していた。 あの少年の持っていた『覚悟』 あれは、もしや…… 「……イヤ、気ノ所為ダナ……ソンナハズ絶対ニ無イ」 そう呟く、ホワイトスネイクの言葉は、誰にも、少なくとも、ホワイトスネイクの耳にすら届いていなかった。 第三話 戻る 第四話
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「……そして三つ目は貴様の命だ、ウェールズ皇太子!」 ルイズを騙し、彼女と女王の手紙の奪取、そして皇太子殺害を目論んだ裏切り者・ワルドの兇刃が奔る。 魔法の風を纏った杖は一直線にウェールズの胸を狙っていて、それが当たればこの優しい皇太子の命は儚く散るだろう。 だが、ワルドの魔の手から皇太子を守るように突然一つの影が跳び込んで来た。 「な、なんだこいつは!?」 「ウェールズ!」 「無事であるか、我が主ウェールズよ」 そこに現われたのは、なんだかブサイクな赤いドラゴンだった。 眼つきとか地味に恐い。 この赤い韻竜こそ、皇太子が異世界より召喚した使い魔。 己を王権の象徴と証するドラゴンは、偶然にもその名をウェールズと言った。 「くっ、おのれ邪魔立てをっ! だがドラゴンとてスクウェアメイジである私の手にかかればっ!」 暗殺を阻止されそうになったワルドは激昂して魔法を唱える。 その姿が風に霞んだかと思うと、そこには5人のワルドが現われていた。 最強の風スペル、遍在である。 「死ねっ! ブサイクなドラゴン!」 「なんのっ!!」 一端散開し、五方向から切りかかるワルド。 だが、ドラゴンはその攻撃を両手と尻尾に握ったニラネギで受け止める。 「ちょwwおまっwww」 「ふん。このニラネギこそ勇猛果敢な王国男子の象徴。暗殺者風情の杖などに打ち破れるものでは無いわ!!」 豪放一閃、三本のニラネギに打たれ、三体のワルドが消滅する。 慌てて距離をとるワルドに、しかし間髪入れずドラゴンのブレスが放たれた。 高温のブレスに、あっと叫ぶ隙も無く燃え尽きるワルド。 最後の一人となったワルドは、ドラゴンからとった間合いを保ちつつ、再び遍在のスペルを唱えようとする。 だが。 「ぐがあぁ!?」 「ウェールズに集中し過ぎるのはともかく、私の存在を忘れるのはいけないね、子爵?」 「ウ……ウェェルズこうたいしぃぃぃぃ!」 背中から風を纏った杖で貫かれ、憎悪に歪んだ表情で息絶えるワルド。 かくして裏切り者の逆賊は、皇太子とその使い魔によって討伐されたのであった。 その後、ルイズ達を逃がしたウェールズ皇太子は国軍を指揮し、使い魔と共に華々しい最期を遂げる。 使い魔のドラゴンに乗ったウェールズは単騎で数百の敵を屠り伝説となった。 後年、再興されたアルビオン王国で新たに作られた国旗には、ブサイクな赤い竜の姿があしらわれたと言う。 あの国の国旗がウェールズ皇太子に召喚されました・完 ttp //blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1061497.html ttp //blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1062202.html